第33章 うつつ夢列車
「君も彼女を信じろ。必ず戻ってくる」
暴発したように暴れ出した魘夢の力は、一時的なものだったのか。再び朔ノ夜で抑えられつつある列車内を見渡して、杏寿郎は見逃しのないように鋭い双眸で日輪刀を構えた。
「俺達のすべきことは、ここで生き延びること。それだけだ」
「つぅッ!」
放り出された二つの体は、すぐに硬い地面と衝突してしまう。
蛍は咄嗟に強く引き寄せたおさげ少女を、守るように囲い抱きしめた。
体はそのまま地面へと落ち、激しく何度も打ち付けながら近くの茂みまで転がっていった。
「っ~……は…ッ」
体全体から激しい痛みが生まれる。
それでもどうにか歯を食い縛ることだけで耐えて、大きく息を吐く。
「な…何、して…」
「ぁ…ぃ、痛…ちょ…ゆっく、り」
腕の中の少女はどうやら無事だったようだ。
動揺を隠しきれない様子で身動ぐ様子が伝わる。
途端に体が悲鳴を上げて、蛍は力無く弱音を吐いた。
「ゆっくり、お願い、します…」
それでもどうにか話せるだけの気力があるのは、鬼の頑丈さの賜物か。
「っ馬鹿じゃないの…ッなんで助けたの!」
「死なれたら、困る、から…」
「私が死んだってあんたに不都合なんて」
「杏…師範、が。人を、死なせたことになってしまう」
蛍の弱音を考慮してくれたのか。慎重に腕の中から抜け出した少女が、それでも強い目で蛍を否定する。
蛍はその場に転がったまま、視線だけを少女へと移した。
「貴女は、人間だから。どんな立場で、あっても…師範なら、守る」
無限列車で人間の死者が出れば、その汚名はこの場での最高責任者である炎柱へと向く。
自分が死者を出すこと以上に、杏寿郎にその汚名が向くことが許せなかった。
あの場で手が届いたのが杏寿郎ならば、必ず少女の命を救っていただろう。