第33章 うつつ夢列車
力強い柱の呼吸技は、肉壁だけでなく列車の壁ごと破壊した。
高速で動いている列車の為に、重力に従った壁が外へと放り出される。
「ぁ…ッ」
それはおさげ少女も例外ではなかった。
斬り捨てられた肉の触手ごと、外部へと落ちる少女。
その目は絶望の色に染まり、誰にともなく伸ばした手が虚しく空(くう)をきる。
誰にも届かない手。
元より頼れる者など誰もいない。
相手を利用することでしか、この場に立つことができなかったのだから。
「っ!」
はしりと、その手を強く掴まれた。
驚き見上げた少女の目に、己の手を掴む為に飛び出した鬼の姿が映る。
「蛍ッ!」
身を乗り出すだけでは間に合わなかった。
飛び出した蛍の体もまたおさげ少女と同じく空を舞い、列車の外へと放り出る。
鋭い杏寿郎の声に、顔だけ振り返る。
説明などする暇もない。
「朔とお願い!!」
端的に届けられたのはその言葉だけ。
それでも杏寿郎には十分な言葉だった。
いつもなら影鬼を使っていたであろう、蛍が単身で飛び出したのには理由がある。
現在、朔ノ夜の力で列車全域を覆っている状態。
故に影鬼を他所に分散する余裕がなかったのだ。
朔ノ夜を残したのは、列車の乗客を守ることを優先したため。
二百人以上の命を、杏寿郎に託して。
「すぐ追いかけ──」
続けた言葉は、最後まで杏寿郎の耳には届かなかった。
凄まじい速度で進む列車はすぐに蛍とおさげ少女を後方へと置き去りにする。
「っ…わかった」
それでも意思は伝わった。
鬼である蛍なら、列車から放り出されたくらいで致命傷にはならない。
その後すぐに後を追ってくれるだろう。
そう信じることに、秒の迷いもない。
「ぁ…彼女、は…っ」
「蛍なら大丈夫だ。あの少女も守りきる」
蒼褪める結核の青年に対し、杏寿郎の声は揺るがなかった。