第8章 むすんで ひらいて✔
「どうした」
「ううん。…そうだね。少し、休むようにする。ありがとう」
覇気のない笑顔。
数刻前に、煉獄との激闘の稽古を終えた直後に見せた笑顔のようだ。
折角あの後藤という男のお陰で多少は明るくなったと思ったが…いや、後藤の言葉は確かに彩千代に響いていた。
俺が単によく知らないだけだ。
俺の前に立つ彩千代は、怯えていたり、緊張していたり、驚いていたり、慌てていたり、哀しんでいたり。
そういう姿がいつも多い。
「彩千代」
ぽたぽたと水滴を垂らしながら檻に戻ろうとする彩千代を、呼び止める。
手招けば大人しく近寄る彩千代の頭から、綿織物を取り上げた。
「わ、ふっ?」
そのままわしわしと濡れた頭から水滴を拭い取る。
「ぎ、ぎゆ、さん?」
「大人しくしてろ」
恐らく、腹の内に抱えている思いはこいつも色々あるはずだ。
だから初めて俺の名を訊いてきた時も、絞り出すような拙い声で必死に伝えてきた。
けれどそういうものを、彩千代は余り口に出さない。
ここ最近はそうでもなくなったが、饒舌なのは甘露寺や煉獄に対してだけだ。
俺の前では言葉を呑み込む。
だからと言って何をどうすればいいのか。
話せと強制するのも何か違う気がするし、俺自身が饒舌じゃないから甘露寺達のようなやり方は真似できない。
「義勇さんって…本当、面倒見、いい、よね」
俺の手に揉みくちゃにされながらも、感心するように伝えてくる。
…別に俺は面倒見が良い人間じゃない。
そういうのは煉獄のような人間のことを言うんだ。
俺の場合は、単に言葉の代わりに行動で間合いを計っているだけ。
必要がないと思えば関わらない。
「別に、面倒が見たくてやってる訳じゃない」
「じゃあ、なんで…」
「嫌なら嫌と言え」
それこそ、言葉を呑み込まずに。
内心思った本音は口をついて出なかった。
その前に、彩千代の方が声を上げたからだ。
「ぃ、嫌じゃないよっ」
頭を拭いていた手が止まる。