第8章 むすんで ひらいて✔
「義勇さんは…兄弟、いたの?」
「…何故そんなことを訊く」
唐突な問いに、手は止めずに問いを返す。
「面倒見がいいから。弟とか妹とかに、その…こんなふうに、世話を焼いてたのかなって」
世話をされていることが気恥ずかしくでもなったのか、彩千代の語尾が萎む。
そこには俺が勘繰るような深い意味は何もなくて、気を張ることが馬鹿らしくなった。
彩千代は確かに鬼だが、俺の知っている鬼ではない。
「別にそんな世話を焼く弟妹はいない」
「そっか…」
「………姉なら、いた」
「え?」
姉と慕う者なら、世界にただ一人。
否、かつての世界にただ一人、いた。
「義勇さんって、弟って感じがしないから意外。そっか…お姉さんが。その人も義勇さんと同じで優しい人なのかな」
確かにあの人は優しい人だった。
…"だった"んだ。
「…最後の残り湯だ。体を温める。目を瞑れ」
それ以上その話はする気がしなかった。
口を塞ぐ代わりに目を塞ぐ。
頭と体に残った湯をかけ終えると、冷える前にと頭から綿織物を被せた。
「わっ」
「終わりだ。後は自分で体を拭け」
「ぁ…あり、がとう」
「それと明日の稽古は休むことだ」
「え?」
「立て続けに体を酷使することで強化されるものもあるが、短期集中の訓練でこそ得られるものもある。我武者羅に進むことで目的を見失えば意味がない」
その結果が体の弱体化にも繋がっている。
「お前は最近、生き急ぎ過ぎだ」
湯浴み道具を片しながら伝えれば、動かない気配。
振り返れば、綿織物を被ったまま濡れた体を拭くことなく、立ち尽くす彩千代の姿があった。
黙り込んだ表情は濡れた髪を肌に纏ったまま。
温かい湯で体は火照っているはずなのに、どことなく覇気がない。