第33章 うつつ夢列車
(あの人は…っ)
青年にも見覚えがあった。
魘夢につく側の人間だと思われた中で唯一、敵対心を向けなかった結核の青年だ。
鬼退治に向かう炭治郎の背を押すように見送り、禰豆子に危害は加えないと主張してくれた。あの。
「自分の欲を満たす為に、幸せな夢を見たいが為に、他人を傷付けようとする僕達だって同じだ!」
「な…何よ…ッなんであんたにそんなこと言われなきゃ」
「僕だから言えるんだ。君と同じだったから!」
「っ」
不健康そうな細い体をしながら、その口から飛び出る声は真っ直ぐに強い響きをしていた。
おさげ少女がたじろぐ程に。
「でも気付くことができた。あの子のお陰で…こんなこと間違ってる。自分の一時の欲を満たす為だけに、他人の一生を奪うなんて。そんなの…鬼と何も変わらない」
己の胸に手を当てる青年の中には、炭治郎から貰った光る小人がいる。
他人を思いやり、ひたむきに信じ、心から愛することのできる炭治郎の光があるのだ。
「もうやめよう。こんなことしたって僕の病気が治る訳じゃないし、君の望む人だって──」
拳を握り締めて黙り込んでいた少女の目色が変わった。
「ッ知ったような口を利かないで!」
開いた掌を、否定するように目の前で強く払う。
「私はあんたの病気のことなんて知らないし、あんたも私のことなんて知らないでしょ! 赤の他人が、知った顔で踏み込んでこないでよ…!」
口調はきついものだったが、少女の否定は蛍にも少なからず理解できた。
特に心の奥底の、自分の中でだけ大切に抱え込んできたことなら尚更だ。
おさげ少女にも、悪事に手を染めてまで欲するものがある。
それだけの決意の下には、それだけの思いがあるのだから。
(それでも、あんな形じゃ…孤立してしまう)
他人を遠ざけ、傷付け、敵ばかり作ることは、己を傷付けることにも繋がっている。
何を言っても否定を喰らうのは目に見えている。
それでも何かしなければと、蛍も一歩踏み出そうとした。