第33章 うつつ夢列車
「っ…」
反射的に抗おうとした言葉を吞み込んで、おさげ少女はただただ炎のような男を睨み続けた。
現実世界で言葉を交わしたのは初めてだが、男の内面は夢の中に踏み入れた為に誰よりも知っている。
その確固たる強さも、揺るぎない意志も。
頸を締められ耐え難い苦しみを思い出すようで、つい手は庇うように己の頸を覆っていた。
「救うって…相手は、鬼でしょ」
体が竦んでしまう杏寿郎には、錐を向けることもできなかった。
しかし鬼である蛍は別だ。
「信じるなんて到底無理な話よ…!」
そもそも鬼など相容れられない。
魘夢に従っていたのも、己の目的を果たす為だ。
絶対的に服従していた訳ではない。
「さっきまで普通の列車だったのに、あんた達が暴れるからこんな有り様になって…! これじゃ私の夢が…っどうしてくれるのよ!」
魘夢が自分達を駒扱いしかしていないことなど知っていた。
だからこそこちらも利用しようと思ったまで。
利害関係が成り立っていたからこその間柄だ。
それなのに目を覚ませば、すっかり辺りは列車内と一変していた。
鬼の肉片が至るところを覆い尽くし、眠っている乗客を喰らおうとしているではないか。
魘夢が餌と見做す乗客の中に、自分が含まれていないなどとは思っていない。
あれは鬼だ。簡単に人を騙し、裏切り、喰らう。
駒として生かされていても、魘夢が用済みと思えば即自分も餌と成り果ててしまう。
「これだから鬼は…っ自分の欲求しか見ていないっ人間を都合の良い駒か、餌か、それだけしか…ッ」
震える手で錐を拾おうとする。
「やめろッ!」
それを止めたのは、目にも止まらない速さで手刀を下ろした杏寿郎ではない。
おさげ少女が射貫くような目を向けていた蛍でもない。
「欲なら、僕達だって同じだ…!」
蛍の前に盾になるように飛び出した、色白の青年だった。