第33章 うつつ夢列車
「小さいけれど、朔が要なのは変わらないから。ちゃんと力になれるよ。ね」
指先で小さな腹を撫でれば、ふわりと鰭をなびかせくるくると回転しながら泳ぐ。
体全体で応えるように揺らぐ金魚は、金魚らしかぬ反応の良さだ。
言動全てを理解しているかのような姿には、つい愛着も湧く。
つられるように杏寿郎が口元を緩めた時だ。
「──」
その唇が一瞬で引き締まる。
同時に、ふっとその場から姿を消していた。
パシンッ
「つぅ…!」
車両の床を踏み砕いた時程の衝撃音ではない。
それでも撫でるような仕草ではなく、杏寿郎が叩き落したのは少女の手首だった。
同じく気配を感じ取った蛍が振り返った時、背後にいた少女は手首を押さえて顔を歪めていた。
「! 貴女は…」
少女の姿には見覚えがあった。
ぱつんと揃えられた前髪に、三つ編みのおさげをした黒髪の少女。
我の強そうなその目は今は歪み、足元には取り落としたであろう白い錐が落ちている。
炭治郎に敵意を剥き出して、そしてその手で気絶させられたはずのあのおさげの少女だ。
「その得物は鬼の骨で作られているな。人間が所持していいものじゃない」
「あ、んたには、関係ないでしょ…ッ」
一目で錐が魘夢の手により作られたものだと見破った杏寿郎が、笑顔を消して淡々と少女に告げる。
その静かな圧に少女は身を竦ませながらも、キッと睨み返した。
「確かに関係ないやもしれないな。しかし蛍に手を出そうとしたことは無関係とは言えない」
蛍の背後を取ろうとしていた少女の目的は一つだ。
「彼女は君達乗客を救おうとしている。傷付けるようなことはよしてくれ」
だからこそ杏寿郎の双眸も、見据えるように無表情に変わる。