第33章 うつつ夢列車
「──ムゥ!」
鋭い鬼の爪が、肉の触手を引き裂く。
眠っている人々を襲おうとする無数の触手と対峙しているのは、杏寿郎の指示を受けた禰豆子だ。
右へ左へ。前へ後ろへ。
あらゆる箇所からうねり伸びてくる触手を、次から次へと切り裂いていく。
「ゥウ…!」
だがそこに終わりは見えない。
目の前の人間を守ったかと思えば、また別の人間に危険が及ぶ。
目まぐるしく視線を回転させても追いつかない。
は、と気付いた時には、列車の端で寝ていた少年の頸に触手が巻き付こうとしていた。
「ムゥウ!」
咄嗟に手を伸ばす。
鋭い爪を構えた攻撃ではなく、触れようとした手は無防備だった。
その隙を見逃さなかった触手はたちまちに禰豆子の手首、足首、四肢全てへと巻き付いた。
切り裂こうにも、全ての四肢を押さえられては身動きが取れない。
強い力で関節を反り曲げられ、ぎしぎしと骨が悲鳴を上げる。
「ゥう…!」
鋭い眼光が弱まる。
額に汗が浮き、苦しげに眉を寄せて呻いた。
──パリッ
苦しむ禰豆子の背後で、小さな光が生まれた。
瞬間、電のような凄まじい勢いで禰豆子の前へと飛び出す。
ドン!と雷が落ちたような音と共に現れたのは、寝ていたはずの善逸だった。
驚く禰豆子の体から、ぼとぼとと血に塗れた触手がただの肉片と化し落ちていく。
ひゅー、と微かに開いた口から届く呼吸音。
それは善逸が唯一扱うことのできる雷の呼吸、壱ノ型。霹靂一閃(へきれきいっせん)。
己の体を雷の光のように高速で移動させ、居合斬りを行う技である。
気付いた時には、体は自由の身となっていた。
目を瞬く禰豆子が、もう一度瞼を下ろした時。善逸の姿は再び消えていた。
ドドドン!と連なる轟音。
まるで雷が辺り一面を暴れているかのような現象は、壱ノ型の変化型。
〝霹靂一閃・六連(ろくれん)〟である。
六つに分かれた連撃が、周りを覆っていた肉の触手を瞬く間に木っ端みじんにする。
善逸の攻撃が止んだ時、周りは静寂に包まれていた。
「禰豆子ちゃんは俺が守る」
目を閉じたまま告げる、善逸の声だけを禰豆子の耳に届けて。