第33章 うつつ夢列車
「必ず君を守り抜く。必ずだ」
「…杏寿郎?」
誓うように告げる。
静かながら譲らない強い言葉に、蛍はそっと片手をその背に回した。
「もしかして…杏寿郎も、夢を見たの?」
「…夢、か」
眩しい世界だった。
ただただ愛おしい想いだけが交差し、痛みも、苦しみも、辛いことは何もない。
幸せだと言えるだけの世界。
それだけの。
「あれが夢で、よかった」
鬼のいない世界を望んでいる。
人々の安息を願っている。
世界が平和であることが最善だ。
それでも、それだけの世界なら要らない。
痛みに引き裂かれる心があった。
息をすることすら苦しい思いがあった。
辛く、後悔しかない過去がある。
だからこそ自分は此処まで歩んで来れたのだ。
「俺の世界は"ここ"だ」
ほ、と息をつく。
今一度腕の中の温もりに身を寄せた。
自分よりも小さな体で、細い腕で。身を寄せあうだけの抱擁なのに、大きな何かに包まれている気がする。
蛍だけが己に与えることのできる、浄土のようなあたたかい場所だ。
「…うん」
寄り添うように相槌だけを打つ声が心地良い。
自然と頬が緩む中、腕の中の存在がもそりと身動いだ。
「杏寿郎…あの、ね。列車の上で鬼を見つけて…」
蛍もまた感じる鼓動に、ほっと肩を下げる。
それでも状況は緊迫していた。
「凡そは想像がつく。悪鬼が無限列車と融合したな」
「! うん」
現状を伝えようとすれば、それよりも早く杏寿郎の声色は柱のものに変わっていた。
「ここは影鬼で守ってくれていたのか」
体を離して辺りを見渡せば、他の車両のように壁や天井に鬼の肉片は見えない。
蛍の影鬼で、車両内ごと守っていたのだろう。
「でも、影鬼で覆えるのも限界がって…」
「朔ノ夜の力を借りればどうだ。この列車全てを覆うことはできるか?」
すい、と流れるように朔ノ夜が蛍の肩に身を寄せる。