第8章 むすんで ひらいて✔
「後退るな。座れ」
「で、でででもっ」
「?」
「は、裸…っ」
ああ、そういう意味か。
「別に裸になれなんて言ってない。その為の湯着だ」
「っそう、だけど…」
「早くしろ、湯が冷める」
「…っ」
淡々と続ければ、やがて観念したのか。両肩を落として小さくなった彩千代が、用意した小さめの椅子に腰を下ろした。
言葉通りに体を小さく変えた訳じゃない。
縮まるように体を丸めているだけだ。
…別に裸を見る訳じゃないと言ったのに、何故そこまで不安になる必要があるんだ。
よくわからない。
「腕を出せ」
「そ、それくらい自分で…」
「ついでだ、やってやる」
「何がついでっ?」
湯に浸した手拭いを絞る。
手を差し出す彩千代に渡すことなく、代わりにその差し出された手首を掴んだ。
すると驚く程に彩千代の体が跳ねて、余程緊張しているんだとわかった。
日に日に弱まっている彩千代の体の調子を診る為だ。
俺は胡蝶のように専門学的に人体に詳しい訳じゃない。
観察がてら明日は休ませるべきか判断しようと思っただけだ。
だからそこまで怯えるな。
「汗を拭くことくらいしかできないが我慢しろ」
「それは…問題ない、けど…」
「煉獄に鞭打ちにされた跡は全部消えているな」
こうして間近で見れば、彩千代の体の部位はどこも平々凡々な人と同じだ。
鋭い爪や牙を除いて、どこからあの凄まじい力と生命力が溢れてくるのかと疑う程に。
袖を捲り汗を拭う。
陽に当たらない所為か、夜の暗闇に浮き出るような白い腕。
そこには自分で傷付けた噛み跡以外、青痣らしい跡は見当たらない。
観察を続けながら、頸周りや腕の付け根や脹脛や足先まで。湯が冷めないうちにと手早く綺麗にしていく中、彩千代の体はがちがちに強張り固まっていた。
…それじゃ湯浴みの意味がないだろ。
「頸を俺の手に倒せるか」
「?」
「髪くらいなら残り湯で洗える」
仕方ないと、彩千代の視界に入らないよう背に回って顔を傾けさせる。
流れるようにして掌に落ちる髪の束を、熱い湯で流し手で梳いていく。
それを繰り返していれば、ようやく彩千代の肩から僅かばかり力が抜けた。
ほ、と小さな声が吐息をつく。