第33章 うつつ夢列車
しかし獲物を前にした伊之助の目に、一般人など入らない。
「鬼の頸! 鬼の急所ォオ!!」
上半身を剥き出しにした、伊之助の皮膚がざわざわと粟立つ。
本能の赴くままに二本の日輪刀を振り上げた。
その時だ。
危機を察したのか、機関室の内壁を纏っているだけだった鬼の肉が急にぼこりと盛り上がった。
かと思えば、無数の手の形を成して伊之助に掴みかかろうとする。
「キモッ!?!!」
まるで無数の手の蛇だ。
ぞわりと皮膚を別の意味で震え上がらせると、伊之助は反射的に日輪刀を振るった。
鋭い刃は触手の手を切り刻む。
ただ、その手の数はあまりにも多過ぎた。
斬った直後から次の触手が群れを成し、伊之助の四肢を、頭を、押さえつける。
しまった、と思った時には遅過ぎた。
今すぐにでも肉の手により骨を砕かれても可笑しくはない。
──ザンッ!
命の危機をも感じた時、伊之助は視界の端に流れるような水流を見た。
水の呼吸を放った炭治郎の加勢だ。
機関室の屋根ごと切り裂いた水流の〝ねじれ渦(うず)〟。
それは流れるようなしなやかさで、伊之助の体だけを傷付けずに全ての手の触手を断ち切った。
「伊之助! 大丈夫か!?」
「っお前に助けられた訳じゃねェぞ!」
「わかってる!」
すぐ熱く反抗的になる伊之助でも、どこまでも素直な炭治郎相手では肩透かしを喰らう。
言い合いにもならない中で、炭治郎は機関室の床をじっと見つめた。
「これは…(真下だ。この場の真下、鬼の匂いが強い…!)」
強風は未だ吹いているが、ここまで近付けば炭治郎の鼻でも嗅ぎ取ることができた。
歪で、癖のある、鬼の匂い。
あまりにも強いその匂いは、炭治郎が立つすぐ下の床から届いている。
「伊之助! この真下が鬼の頸だ!!」
「命令すんじゃねェ! 親分はオレだ!!」
「わかった!」
またもや素直に頷く炭治郎に、舌打ちする暇もない。
伊之助自身も、その身をもって感じていた。
一層寒く冷たい気配を感じるのは、目の前の機関室の床からだと。