第33章 うつつ夢列車
炭治郎の返事を聞く素振りもなかった。
腰を上げ、ひらりと羽織を翻(ひるがえ)し背を向ける。
「ま、待って下さい煉獄さん! 蛍が──」
指示を貰ったのは炭治郎と伊之助、そして善逸と禰豆子だけだ。
後一人、炎柱の継子である鬼の彼女がいる。
その所在場所を伝えようと呼び止めた炭治郎に、一瞬杏寿郎の足が止まる。
振り返り、その目が炭治郎を映し出す。
言葉はなかった。
ただ一度だけ炭治郎に向けたその双眸は、言葉以上のものを語っていた。
知っているのだ。
何を聞かされる訳でもなく、彼女のことなら。
全てを理解して沈黙を作る静かな杏寿郎の表情に、炭治郎はついごくりと色んなものを飲み込んだ。
時間にすれば一秒にも満たない。
かと思えば、予備動作もなく再び杏寿郎の姿はその場から消え去った。
ドン!と伝わる振動は先程の地震のようなものより数段弱いが、それでもびりびりと肌に衝撃を感じる。
(凄い…! 見えない! さっきのは煉獄さんが移動した揺れだったのか…!)
突風よりも速く、熱風よりも強い。
その衝撃に、空気が丸い波紋のような揺れだけを残像のように残す。
しかし周りで眠っている乗客達の帽子一つ落とすことなく、杏寿郎は神風のように消えていた。
空いた口が塞がらない。
というのは、このことか。
(状況の把握と判断が早い。五両を一人で…って感心してる場合じゃないぞ馬鹿! やるべきことをやれ!)
はっとして口を閉じると、慌てて炭治郎も駆け出した。
鬼の匂いは一秒ごとに強くなっている。
急がなければ。
「伊之助! 伊之助、何処だ!?」
『うるっせェぶち殺すぞ!!』
「上か!!」
杏寿郎は、伊之助と共に鬼の頸を探せと言った。
だとしたら伊之助にも同じ指示を与えているはずだ。
車両を駆け抜け、鬼の触手を斬り捨てながら、辺りを捜す。
炭治郎のその声に、意外にも早く反応はあった。
杏寿郎が助言をしたのだろうか。
『ギョロギョロ目ん玉に指図された!』
「やっぱり…!」
『でもなんか…なんか…なんか凄かった!』
「凄いって」
『腹立つぅうう!!!』