第33章 うつつ夢列車
禰豆子と善逸に任せた三車両を後にし、四車両目へと移る。
ぶにりと、決して気持ち良くはない床の感触が足の裏を伝わる。
「うーん」
そこは禰豆子や朔ノ夜の手も届いていない無法地帯。
先程の車両はまだ可愛げがあったと言える程、辺りはぶくぶくと醜く膨らんだ鬼の肉壁で凸凹に覆われていた。
最早車両であることなど、記憶になければわからない程だ。
鬼の腹の中のような肉の中で、死が迫っていることなど知らない人々が深い眠りに落ちている。
正に今この瞬間、誰かの命が絶たれても可笑しくはない。
鬼気迫る状況に、口元に笑みを浮かべたまま杏寿郎は呻った。
「うたた寝している間に、こんな事態になっていようとは。よもやよもやだ」
うぞうぞと太く巨大なミミズのような触手が、何本も杏寿郎に反応を示す。
目の前の無防備な餌より、命の危険を伴う杏寿郎に対し反応を示したのか。
「柱として不甲斐なし」
予想を超える状況下に、迷う素振り一つ起こす暇はない。
赤い刃の日輪刀を後頭部に添えるように片手で掲げる。
空いた掌を、歌舞伎の見得(みえ)の如く突き出すと、ぶわりと足元から火の粉が舞い上がった。
「穴があったら、」
その熱風に乗るように、たんっと杏寿郎の両脚が床を蹴る。
「入りたい!!!」
刹那。
火柱のような勢いで回転をかけ、鬼の触手を削り斬りながら突進する。
その体は燃え上がる炎の跡だけを残し、車両の中を一気に跳んだ。
──ドンッ!!!
まるで列車同士が衝突したかのような衝撃だった。
炎を上げた車両が大きく跳ね上がり、それは連なる他の車両にも振動を伝える。
幾つもの車両を越え、壁を越え、空気を越え。
「っ…!?」
それは影を纏い立つ彼女の下まで、震い届いた。