第33章 うつつ夢列車
ひらりと視界に黒い鰭が舞う。
見上げれば、宙を見覚えのある金魚が泳いでいた。
「成程」
目覚めと共に禰豆子の背後を取っていた触手を斬り捨てたが、それ以外にこれといって目ぼしい鬼の攻撃がなかったのはこの為か。
禰豆子の傍にいた朔ノ夜が、その影で車両の人々も守っていたのだ。
「蛍に頼まれたのか?」
同じ鬼として、蛍が禰豆子を妹のように可愛がっていることは記憶に新しい。
自分の傍ではなく、禰豆子を守る為に朔ノ夜を寄越したのだろう。蛍らしい判断に、自然と口角が上がる。
「俺や黄色い少年のことも守ってくれていたのだな。ありがとう。だがここからは俺について来てくれ」
返事はなくとも、すいと傍らに寄り添う朔ノ夜の行動が答えを語っていた。
禰豆子と善逸の実力なら、三両の人々の命を預けられる。
眠りについていた自分の手が離れていた状態でも、朔ノ夜の力を借りて禰豆子が周りの人々を守りきれていたこと。
炭治郎と同じ階級であろう善逸の持つ実力。
それらを考え合わせれば、自然と導き出された結論だった。
「悪鬼の頸は勿論、蛍達を捜すぞ。この有り様なら、蛍の影鬼が一番対処に適している」
列車を覆い尽くす程の鬼の肉片。
それら全てを抑えることができるのは、同じに広範囲を術に収めることができる蛍の血鬼術だけだ。
幸いにも、今いる車両は最後尾近く。
列車の後ろ三車両は禰豆子と善逸に任せて、後はただ突き進むのみ。
「遅れを取るなよ」
いつになく手短に厳しい言葉を向ける杏寿郎に、朔ノ夜はひらりと扇のような尾を優美に揺らし応えた。