第33章 うつつ夢列車
「──ふ」
微動だにしなかった唇が微かに動く。
瞬間、かっと見開いた双眸が炎を宿した。
辺りを探る仕草もなく。
同時に腰の日輪刀を握った手は、抜刀と共に振り抜いていた。
──ザンッ!
斬り捨てたのは、背後から禰豆子に忍び寄っていた無数の巨大な肉の触手だった。
「ム…!」
は、と気付いた禰豆子が振り返る。
鋭い爪を構えたが、見上げた姿に目を見開いた。
「やぁ、竈門少女」
其処に立っていたのは、起きる気配のなかった杏寿郎だ。
目覚めたばかりとは思えない闊達な声で、禰豆子に笑顔を見せる。
「どうやらうたた寝が過ぎたようだ。助けてもらっていたようだな。すまない!」
乗っていた車両は、杏寿郎が眠りにつく前と一変していた。
天井や壁や床には盛り上がった肉の塊がこびり付いており、まるで列車自体が肉の壁を持っているかのようだ。
そこから生える無数の触手が、寝ている乗客や禰豆子へと牙を剥いている。
(蛍は──竈門少年と一緒か?)
ざっと周りを一目見て、その場に蛍、炭治郎、伊之助がいないこと。
列車が鬼に占領されたこと。
未だ俯いている善逸が起きるのも時間の問題であること。
全てを把握すると、抜いた日輪刀をひゅおりと一振りする。
「ムゥム…!」
「事態はわかった。君はこの車両と、前後の車両の人々を守れ!」
「ム…!?」
「君一人ではない。そこの黄色い少年もすぐに起きるだろう。説明をせずとも加勢してくれるはずだ」
戸惑う禰豆子を置いてけぼりにしたまま、さくさくと杏寿郎は指示を進めた。
「君が三両を守っていれば、自然と黄色い少年も同じ行動を取るだろう。頼んだぞ!」
善逸は眠りに落ちたままだったが、その口から微かな呼吸音を耳にして、杏寿郎は無事であると判断した。
雷の呼吸。
使い手は柱の中にはいないが、雷は基本の五呼吸の一つである。
杏寿郎も知識として知っているその呼吸は、善逸の呼吸音の中に息衝いていた。
少年が動き出すのは、すぐだ。