第33章 うつつ夢列車
溶け込むように、小さな朔ノ夜の体が髪紐と同化する。
それと同時に、足元の黒い花々がとろりと溶け出した。
溶けるというよりも、本来の姿に戻るように。
見慣れた影の波となって杏寿郎の足場を沈めていく。
「…すまない。あんな顔をさせてしまって」
俯く杏寿郎の掌は、何かを握るように拳を作ったまま。
その中に握りしめた灰のような彼女の欠片は、もう無い。
一瞬、目の前の蛍が本物ではないことを忘れた。
忘れる程の衝撃だった。
死ぬくらいならば、鬼でよかったと儚い顔で言わしめた。
そんな世界にも、そんな自分にも、憤りを覚える。
(だが俺は諦めない。必ず蛍を人間に戻してみせる)
この世界で見たような、眩しい未来は未だ見えない。
だからこそ彼女に告げた通りの意志を、今一度心に誓う。
ぐ、と拳に力を入れて燃えるような双眸を閉じた。
「それまで、俺と共にいてくれ」
果たして髪紐に溶けた朔ノ夜の中に、彼女の一部はあるのか。真相は計り兼ねたが、それ以上疑問視することはしなかった。
ただ己の中で誓うだけだ。
現実世界の蛍には、あんな顔をさせまいと。
「帰ろう、朔ノ夜」
ゆっくりと沈み込む体の真下は、何も見えない真っ黒な闇。
そこに恐怖などはなく、呼びかけるように杏寿郎は優しく名を紡いだ。
「蛍の下へ」
──トプンッ
刹那。
その身は焼け野原から消え去った。