第33章 うつつ夢列車
その言葉が最期。
はらはらと黒い花弁と共に舞う灰が、蛍の身を消していく。
「ほたる…っ」
砕けた腕も。細い頸も。微笑む顔も。
全てを消し去るように、影の花は炭を舞い込む。
黒と黒。
ざぁっと焔色の髪を掬い上げて、同化するようにそれは静かに佇む朔ノ夜へと溶けて消えた。
花吹雪のような風が止むと、巨大だった朔ノ夜の体が萎んでいく。
小さく、小さく。やがては天元の忍鼠程の大きさに変わると、すいと杏寿郎に向けて泳いだ。
「…そうか…やはり道は"ここ"に在ったんだな…」
言葉など話せなくても、漠然とだが理解できた。
帰り道はここにある。
だからこそ目の前にいたあの蛍を、連れて行くことはできなかった。
「だが君がそうして拾い上げてくれたから、彼女も共に連れていける。…そう、都合よく解釈していてもいいか?」
噛み締めた唇を開いて、力なく問いかける。
いつになく静かな杏寿郎の表情に、朔ノ夜も静かに身を寄せた。
するりと掌に身を寄せて、それから焔色の頭を越える。
血鬼術の道理などわからない。
そもそも人間の理が通じない術だ。
それでも言葉無き金魚は、その問いに寄り添ってくれているように見えた。
やがて小さな黒い鱗が触れたのは、杏寿郎の後頭部。
ハーフアップにしている髪紐だった。
「! それは…」
は、と双眸が見開く。
髪紐には、自身の希望もあって蛍の影を練り込んでもらった。
それこそ朔ノ夜の手を借りたものだ。
「もしや…」
てっきり蛍の残像の影を通じて此処まで辿り着いたと思っていたが、予想は違ったかもしれない。
最初から朔ノ夜の欠片は共にいたのだ。
蛍の想いと共に、髪紐に吹き込まれて。
(救ってくれたのは、蛍自身だったのか)