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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第33章 うつつ夢列車



 明確な答えはない。
 それでも蛍の言う通りだと思った。

 この花々は、蛍を想い描き咲かせた己の心だ。
 彼女に向けた尽きない想いが、瓜二つの目の前の彼女の痛みを緩和させているのか。


(理屈など関係ないな)


 放っておけないと思えたのは確かだ。
 陽に焼かれ、痛みを抱え、泣きそうな声で縋る彼女を。
 その身を少しでも軽くできるのならと手を握った。


「…優しいね。杏寿郎は」


 蛍が膝を抱えていた手を伸ばす。
 杏寿郎に対してではなく、目の前の黒い花々に。

 触れる花弁は羽毛のように柔く、優しい。
 硬くぼろぼろの黒い指先から、痛みを吸い取るように消えていく。


「わかっていて、ここに連れてきてくれたの?」


 痛みを、形を吸い取るように。
 ぼろりと、蛍の指先が崩れた。


「ほ──…」


 杏寿郎の双眸が見開く。
 その目の前で、蛍の焼け爛れた肌が、静かに、静かに朽ちていく。


「ほたる…っ」

「うん。大丈夫。痛くない」


 ぼろり、ぼろりと。
 指先から、手首。足先から、くるぶし。
 黒々と窪んだ右目のあった場所もまた、ぼろりと黒い墨のような名残りを散らせる。


「痛くないし、苦しくない。杏寿郎が傍にいてくれるから、寂しくもないよ」


 ただ、と。
 崩れゆく己の体を見ていた視線が、微かに震えて上を向く。


「すこしだけ、怖いの」


 震えを見せながらも、多くは語らず呑み込み笑う。
 蛍の見せた小さな本音に、気付けば杏寿郎は踏み出していた。

 朽ちゆく脆い体を抱き寄せる。
 衝動的に胸に収めた体は、力なく身を預けてきた。
 はらはらと、風もないのに黒い花弁が舞い上がる。


「お願い。杏寿郎。傍にいて」

「ああ。君が嫌というまで傍にいる」

「ふふ。じゃあ…嫌って言わない」

「ならこのままだ」


 ぽそりぽそりと落ちゆく蛍の声には覇気がない。
 まるでその身を削りながら、生気も零していくかのように。

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