第33章 うつつ夢列車
ぐるりと周りを一周するように見渡して、再び戻ってきた杏寿郎の顔。
「うん」
「うん?」
その顔を見て深く頷く。
蛍の仕草に頸を傾げれば、やっぱりと再度頷かれた。
「杏寿郎、やっぱりここが何処だかわかってる顔してる」
「…む」
「ほら」
予想外の答えに咄嗟に反応できなかった訳ではない。
あっさりと見抜かれたその答えに、一瞬蛍の面影を重ねてしまったからだ。
いつも自分さえも気付いていない心の機微を拾い上げて、包んでくれた蛍本人のように。
「まぁ…そうだな。凡そのことは。だがそれはさして問題ではない」
「なんで?」
「ここが安全かどうかの方が重要だからだ」
「それはそうだけど…でも、周りの景色は凄いけど。怖くはないかな」
「そうか?」
「うん」
ぱちぱちと音を立てて燃え上がる火の粉。
群がるように周りを囲む炎の世界に目を向けて、くるりと蛍が振り返る。
「炎は煉獄家に馴染みあるものでしょ。杏寿郎の優しい炎も、強い炎も知ってるから。だから私にも馴染みあるものなの」
鬼の頸を絶つ炎の呼吸を取っても、様々な形がある。
蛍の腕を誤って斬り落とした、獅子のように勇ましい炎も。
テンジの頸を撫でるように斬った、おひさまのような温かい炎も。
「そして多分、これも」
それから、足元に咲く黒い花々も。
そっと膝を抱いて屈み込むと、すぅと蛍は静かな香りを胸いっぱいに吸い込んだ。
「私にとって、怖くないものだってわかるよ。…痛くないから」
「どういう意味だ?」
同じに屈み込む杏寿郎と、普段よりもぐっと視線の高さが近付く。
右目は陽に焼かれた跡を残したまま、蛍は眉尻を下げて笑った。
「痛くないの。この花の香りに包まれていると、体の焼けた痛みが静まる。…多分これは、私にだから効いているものでしょう?」