第33章 うつつ夢列車
花畑の周りは、息のし辛い乾いた空気ではなかった。
心地良い風が吹き、空は開けて、温かな気候が肌を包む。
まるで微睡みたくなるような優しさに、つい杏寿郎の口も綻ぶ。
(知ってしまったからな)
誰に何を聞かずとも、己の心だからこそ理解できた。
舌の根がひり付くような渇きを知っている。
体を休めることもままならない硬く冷たい道を知っている。
炎を灯していないと、己を立たせることもできなかった。
そんな世界を、身に沁みて知っている。
「ここ…なんだか、あたたかい」
不意に呟く蛍の言葉に、思わずくすりと笑みが零れる。
不思議そうに見てくるその顔に、握った拳を己の口元に当てて頷いた。
「そうだな。これは、人に教えて貰った"あたたかさ"だ」
「どういう意味?」
「この花のようなひとに、だ」
すぐ真上まで朔ノ夜が下りた為に、地面は近い。
「下りるぞ」
「ひゃっ」
蛍を抱いたまま、ふわりと軽く着地する。
柔らかな花の中に足を下ろせば、自然と心が満ちたりたような気がした。
理由など無い。
ただそこにいてくれるだけで。
傍に在るだけで。
全てを受け入れられているような、安堵感に包まれる。
「此処に陽光はない。羽織を取っても焼けはしないだろう」
「ほ、本当に?」
「ああ。俺が保証する」
明確な理由などなくとも断言できた。
誰よりも、この場のことを理解しているのは自分だと。
朗らかな笑顔で頷く杏寿郎に導かれるように、恐る恐ると蛍が指先を羽織の下から伸ばす。
太陽は出ていないが空は明るい。
炎に包まれた世界を見た時は、燃え上がる煙で空など見えていないようなものだった。
まるで花畑のある場所にだけ光が差し込んでいるかのように、広い空が見渡せるのだ。
「…本当だ」
伸ばした指先は痛みを生まなかった。
頭に被せていた羽織を脱ぐと、興味深く辺りを見渡す。