第33章 うつつ夢列車
熱風のように熱い風は、何故だか肌に馴染んだ。
じりじりと地面を焦がすような赤い火柱に、何故だか懐かしさを覚える。
知らないようで知っている。
乾いて割れた、地面の冷たさを。
肺をも干乾びさせる、空気の乾きを。
それでも尚、炎を上げて心を燃やそうとした意志を。
「…熱いな、此処は」
燃やすものが無くなろうとも、燃やし続けた。
それだけが己の進める道だと思っていたからだ。
「杏寿郎、あそこ」
羽織の中から、不意に蛍が指差す。
その先を目で追えば、少しだけ空が開けている場所があった。
何処もかしこも燃やし尽くそうとしている炎が、そこにだけは広がっていない。
ゆっくりと進む朔ノ夜は、蛍の指差す先へと向かっている。
「あれは──…」
何故炎が舞っていないのか。
近付けば理由は自ずとわかった。
冷たい敷床ばかりの道が、そこだけは剥き出しの地面が見えている。
耕された土は栄養を蓄え、そこから芽を伸ばしているのは無数の花だった。
「…花?」
つい蛍が疑問符を浮かべる。
それもそのはず、花と言えるのかわからないそれは、全てが真っ黒な花弁をしていたからだ。
空へと向いて花開く。
そのどれもが花弁も、柱頭も、茎も、全てを墨のような漆黒の色に染めている。
無数の花が咲き誇るそこは、黒い小さな花畑と化していた。
朔ノ夜が近付けば、ほんのりと鼻孔を香りがくすぐる。
無数の黒い花から香るのは、澄んだ夜のような匂いだ。
知っている。この匂いを。
静かな夜に紛れる、彼女の匂いだ。
「…蛍」
「何?」
自然と零れ落ちた名に、腕の中の彼女が反応を示す。
どう返していいものか、杏寿郎は苦く笑うと朔ノ夜の鱗を撫でた。
「帰り道はあそこだな。朔ノ夜」
答えは訊かずともわかる。
朔ノ夜もまた返事の代わりに、ゆっくりと花畑へと降下していった。