第33章 うつつ夢列車
羽織にすっぽりと蛍を包んだまま、葉の茂みから歩み出る。
「行くぞ」
声をかけたが返事はなく、無言で隊服を握られた。
朔ノ夜は静かに見守ったまま歩み寄りはしない。
それでいいと、杏寿郎は陽の下を蛍を抱いて進んだ。
息を呑む気配がする。
腕の中の柔らかな体が、強張るように力を込める。
羽織の影で唯一垣間見える顔は、既に陽に焼かれた後だ。
今現在、痛みが増えているかは不明だった。
「朔ノ夜、彼女も連れていく。乗せてくれ」
朔ノ夜の所へ辿り着くまで、腕の中の蛍は確かに息があった。
頼めば、きょろりと丸い目が杏寿郎の腕の中へと向く。
それもすぐに興味なく逸らされると、乗れと言うかのように前鰭を差し出してきた。
「うむ。ありがとう」
一見薄い羽衣のような鰭は、足を乗せれば意外としっかりとした安定感がある。
そこを足場に朔ノ夜に身を寄せれば、大きな金魚の体も斜めに傾けて乗り易いようにバランスを保ってくれる。
滑らかな鱗はぬめりがなく、鱗の隙間に指をかければ杏寿郎の力なら落ちる心配もない。
「支えが片腕になってしまうな。不安定になるが許してくれ」
「っ…大丈夫。私も、立つよ。杏寿郎の負担にならないように…」
「何を言う、負傷の身だろう。生憎片腕でも抱けるくらい、君は羽毛のように軽いからな。何も問題ない」
腕に蛍を座らせるように抱き直せば、特に問題もない。
ただし羽織は押さえられない為に、自分自身で身を守ってもらうことになる。
「羽織を離すなよ」
「うん」
頷く蛍を確認して、朔ノ夜へと目配せした。
「此処から出るぞ。朔ノ夜」
こぽりと、気泡のような鳴き声を一つ。
静かに浮かぶ朔ノ夜の足元の影が、ぷくぷくと同じに気泡を生み出し始めた。
「む。…成程、そうか」
「…何?」
「出口は即ち、入口と同じだ。朔ノ夜が現れた所に戻るのが確実な道なんだろう」