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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第33章 うつつ夢列車



「な…ど、ゆ…こと…」


 杏寿郎自身でさえも半信半疑な問い。
 蛍にも理解はできず、戸惑いの目を向ける。


「今…目の前にいる君は、俺の知る蛍というよりも、俺の願望が具現化したように見える。にわかには信じ難いことだが…だから人間の形を、成していたのではないか」


 杏寿郎もまた思考を巡らせ、考えながらも思い至ったものを並べていく。


「わ…私、は…蛍、だよ」

「ああ。君は君だ。彩千代蛍」


 震えるその声を聞きたい訳ではない。
 自身の顔を歪めながらも、蛍を真正面から見つめたまま目を逸らさなかった。
 華奢な両肩に手を添えて、取り零しなどないように一心に見つめる。


「君が本当に君のままなら、俺のこの迷いなど払拭させてくれるはずだ。見せてくれ。俺が命を賭してでも欲した、彩千代蛍自身を」


 先程の意見を上げた時とは比べ物にならない、迷いのない声だった。
 真剣なその双眸の奥には、熱い炎が宿るかのような強さが見える。
 ちりちりと空気さえ燃やすような、小さくも強い炎。
 少しでも迷いを見せたら焼き広がる。
 天と地で上がる、煉獄の炎のように。

 ひゅ、と蛍の息が上がった。

 こくりと喉が嚥下する。
 逸らすことを許されない瞳が揺れる。
 赤黒く焼けた跡を残す口は、半端に空いたまま言葉を成さない。

 静かに狼狽える。
 蛍のその数秒の姿が、杏寿郎には答えとなった。


「…心から惚れ込んだ女性(ひと)だ。見間違えはしない」


 ふ、と口角が力なく緩む。
 凛々しい太い眉が僅かに下がり、哀愁を見せる。

 今目の前にいるのは、己の心を掴んで離さない蛍ではない。
 それがわかってしまったから。

 ゆっくりと肩から手を離すと、音もなく息をついた。










「君は、蛍ではないな」

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