第33章 うつつ夢列車
「わ…たし、は…杏じゅ…ろ…の…お、嫁さ…っな…て…」
「…っ」
炎により焼けてぼろぼろになった髪。
そこから滑り落ちるようにして、ぱさりと銀の櫛が草むらに当たる。
杏寿郎のお嫁さんになって、此処へきた。
そう言っているのだろう。
途切れ途切れの思いを汲み上げて、杏寿郎はきつく眉を寄せた。
「っああ…そうだ。君が鬼であろうと人であろうと、俺だけの妹背であることは変わらない」
縋るように震え伸びる手を握りしめて、落ちた櫛を拾う。
「この櫛が何よりの証だ。…ずっと付けていてくれたんだな…ありがとう」
「なに…より…たいせ、つ…だか…ら」
焼け焦げた唇が、僅かに口角を上げる。
微笑むような動作で告げる蛍の言葉に、胸がカッと熱くなった。
何よりも欲しかった言葉だ。
そうであったらいい、と愚かな願いを込めたりもした。
そうでないことなどわかっていながら、仕方がないと割り切れないのは蛍だからこそだ。
「……」
ぴたりと杏寿郎の仕草が止まる。
ごく自然な流れで呑み込んでいたが、そこに不自然さを感じたのは冴えた頭のお陰だった。
この場からの脱出は。
出口の行方は。
悪鬼の居場所は。
蛍の無事は。
どれも最前に追わなければならないことだと目まぐるしく頭を回転させていたが為に、小さな小さな取っ掛かりを見つけた。
「……何より、なのか?」
問いかける。
蛍に問うというよりも、自問自答しているような感覚だった。
何より、などと蛍は今まで口にしたことはない。
世界に一つだけだと、特別なものだと嬉しそうに笑っていたあの玉簪はどうした。
(つけていない)
義勇が贈った玉簪。
あれこそ肌身離さず身に付けていたというのに。
だからこそ贈るのを躊躇した櫛だった。
蛍が何より大切にしている髪飾りは、もう既にあるのだからと。
(そうだ。何より、と思っていたのは俺の方だ)
臆し、自身を失くしていたのは自分ばかりで。
そんな背中を押してくれたのは蛍だった。