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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第33章 うつつ夢列車



(眠らない…?)


 天を仰いだ眼球も、しっかりと魘夢を睨んでいる。


「〝眠れぇえ〟〝眠れぇえ〟」


 それでもこちらへ向かってくるなら獲物同然。
 すぐさま術を発動すれば、再び炭治郎の体は傾いた。


「っく…!」


 だが眠らない。
 列車の屋根から落ちそうな程ふらつくというのに、必ず足を踏ん張って再びこちらへ挑んでくる。


(効かない。どうしてだ。…いや、違う。これは──)


 簡単に距離を取ることはできたが、魘夢はそれをしなかった。
 不可解な動きを続ける炭治郎を観察する為だ。
 最初こそ疑問に思っていたが、間近に迫る程にわかる。
 術を発動する度に、炭治郎は確かに眠りに落ちていた。
 意識を失い、体はふらつき、倒れそうになる。
 しかしその寸前で踏ん張り意識を取り戻すのだ。

 つまり──


(こいつは何度も術にかかっている。かかった瞬間にかかったことを認識し、覚醒の為の自決をしているのだ)


 魘夢の見せる夢からの脱出方法は、人間に成せるのは一つだけ。
 自らの命を、夢の中で断ち切ること。
 そうして意識も共に断ち切ることで、強い存在を成す方──現実の体へと戻っていくのだ。

 ただ言葉にするのは簡単でも、実現させるのは難しい。
 夢であっても夢だと錯覚しない程に、記憶が定着し、リアルに感じている世界だ。
 そこで自殺を選ぶことができるのは、本当に死ぬ覚悟をした者だけだ。


(夢の中だったとしても、自決するということは…自分で自分を殺すということは相当な胆力(たんりょく)がいる。このガキは…まともじゃない──…!)


 それを炭治郎はこの短時間で数度、己の命を斬り落とした。
 歯を食い縛り、鋭い眼で睨み付け、日輪刀をかざし向かってくる。
 鬼殺隊と対峙する度に見た見慣れた光景なのに、大して体も大きくはない炭治郎がとてつもなく脅威に見えた。


「…っ」


 貼り付けていた薄い笑みが、魘夢の顔から消える。

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