第8章 むすんで ひらいて✔
「戻った」
近くの待機所から湯と桶を運べば、最後に見た時と同じく檻の傍にぎりぎり近付けるまで近付いた彩千代がいた。
檻の出入口は藤の花で囲ってある為、鬼は原則触れられない。
それでも気になっていたのか、休んでいればいいものを立ってじっとこちらを伺っている。
「…後藤…さん?」
その目が、俺ではなく後方の人物を見つけて見開いた。
「あー…こんばんは」
覆面で目元以外を覆った隠の姿であるその男のことは、素顔を見ずとも憶えていたらしい。
時透と出くわした待機所にいた、隠の一人だったと。
「なんで此処に…」
「待機所で道具の手入れをしていたら、その…水柱様と出会って、な。蛍ちゃんのことを聞いたから、オレから手伝いを申し出たんだ」
湯の入った大きな水釜と、それを浸す為の大きな桶。
その二つを運ぶとなれば、人手が在るに越したことはない。
俺への申し出は酷く緊張していたようだったが、それだけ彩千代が気に掛かっていたのも事実だろう。
そこに邪な思いは感じなかったから、会わせても問題無いと判断した。
「いい、の?」
「問題無い。この男が彩千代のことを他言無用することがなければ」
「し、しないっスよ。オレだけじゃなく前田達も。オレ達なりに考えて、周りに蛍ちゃんのことを言いふらさないよう決めましたから」
隠達も隠達なりに考えていたらしい。
その言葉に俺以上に彩千代が驚きの反応を見せた。
「後藤さん、は…怖くないの? 鬼だって隠してたのに…」
「そりゃあ、初めて知った時は心底驚いたさ。でも水柱様や恋柱様は認めていたし…何よりあの時食ったおはぎは美味かった。そう伝えた時、蛍ちゃん本当に嬉しそうにしてたから。そこを疑う必要はねぇなって思っただけだよ」
「……」
「それに此処は鬼殺隊。鬼であることを隠すのは、考えたら普通なことだろ」
「…そっか」
「そーさ」
力無く彩千代の体が布団の上に座り込む。
しかし俯く一瞬、見えた表情は負の感情ではなかった。
強いて言うなら、煉獄の前で偶に見せる柔らかなあの表情と似ていたような気がする。