第33章 うつつ夢列車
「ふふ…っあははは!」
「「!?」」
不意に甲高い笑い声が木霊する。
振り返った蛍と炭治郎の目に、額を押さえて仰け反る魘夢が見えた。
「なんだろうねぇ。鬼の間でも反りが合わない相手っていうのはいたけど。君はなんだか癪に障る」
びきびきと額に浮かんだ青筋が、興奮するように重く脈打つ。
押さえる片手の甲がぱかりと裂けるように開くと、剥き出しの歯がずらりとそこには並んでいた。
口では笑い声を上げながら、手の甲の口はぎりぎりと歯軋りを鳴らす。
耳に嫌なその音は、嫌悪を体現しているかのようだ。
「少し覗いただけの俺には理解できない? ああ、そうとも。理解できないね。弱さを強さだとほざくような鬼のことは」
張り詰めていた空気が、一気に緊張感を増す。
臨戦態勢を取る獣を前にしたように、炭治郎は咄嗟に日輪刀を構えた。
「強さとは"力"だ。どんなに精神が強くとも、その内側にある核を破壊してしまえすれば人間はかくも脆く朽ち果てる。その内側から守れる術など人間は持っていない。柱であろうとも、弱い人間は弱い」
「…それが魘夢の答え?」
「弱い人間はただの餌。鬼にとっては共通の答えだ」
薄く笑みを張り付けた魘夢と、真っ直ぐに見据える蛍の間に沈黙が宿る。
交渉など無意味だと悟るには十分な沈黙だった。
一秒。
間を置いたのは瞬きのような刹那。
──ドッ!
魘夢が剥き出しの歯が並ぶ手の甲を突き出すのと、蛍の足元から影の波が舞うのは同時だった。
〝血鬼術──強制昏倒催眠(きょうせいこんとうさいみん)の囁(ささや)き〟
「〝お眠りィィ〟」
避けた口を持つ手の甲から、不気味な声が木霊する。それと同時に目には見えない衝撃波のような術を飛ばす。
対象者を強制的に眠りに落とす魘夢の術だ。
しかし荒れ狂う黒い波の塊に術は遮られ、蛍を捕らえることができない。
囁く呪いの言霊は、聴覚からも眠りに誘うことができる。
それでも激しくうねる黒い波は豪雨ような音を鳴らし、魘夢の術を掻き消した。