第33章 うつつ夢列車
「そう。魘夢には、それが弱さに見えるんだね」
愛しい者を嘲(あざけ)られる。
そこへ返す人間の反応など、どれも似るものだ。
「なら私と違うかな」
しかし蛍は、魘夢の期待した歪な表情を見せることはなかった。
「私は彼のことを、変化を恐れる弱い人なんて思ったことはない。実力だってそう。鬼と人間の力の差を前にしても、まともに勝てたことなんてほとんどない。その強さを体現しているのは、積み重ねた鍛錬だけじゃない。彼自身の持つ精神の強さだと思う」
「…何を言ってるのかな」
「わからないよね。私も、魘夢の意見には同意できないのと同じ。だからわかり合ってもらおうとは思ってない」
静かに語る蛍の声は、走る列車の上だというのに不思議と魘夢の耳には、こびり付くように届いた。
「変化を受け入れることも強さの一つかもしれないけれど。…家族のことに関しては違う。魘夢はただ"見ていた"だけでしょう。実際に経験した者とは違う」
「だから何。当事者でないと強さを語れないというのは可笑しいなぁ。俺は当事者でない他所の人間達の幸せな夢を数多に見てきた。そしてそのどの夢も俺が見せた幸せの形を望んでいたよ」
「それは他人の話でしょ。私は今、煉獄杏寿郎の話をしている」
足元に伏せていた蛍の視線が上がる。
揺るがすような感情の起伏は見えない。
それでも鮮やかな濃い緋色の瞳の奥には、魘夢の口を止めるだけの強さがあった。
「杏寿郎は知っているから。母の死も、そこに大きな傷を受けてしまう父の想いの強さも。自分にはない才を持つ弟のことも。それがありのままの家族の姿だって、受け入れているから。痛みだって伴いながら、それでも長い時間をかけて理解して、背負い続けてきたものだから」
「……」
「躓いて、うずくまって、悩んで、叩き上げて、飲み込んで。全部全部、自分自身で導き出したもの。そうして今在る現実を受け入れて、今在る幸せだと杏寿郎は言った」