第33章 うつつ夢列車
「俺の術は、人間の望む幸せを"夢"という形で映像化する。君達が見た夢は全て、君達の根本にある思いがそう見せているものだ。家族と共に暮らす夢も。嫁ぎ子を宿す夢も。どんな形であれ、天変地異であれ、それがその者の"幸せ"であればそれが"形"となる」
ゆらりと両手を広げて、魘夢が謳う。
だから善逸の夢では、鬼の兆候を残したままの禰豆子が太陽の下で笑い。伊之助の夢では、無機物であるはずの列車が巨大な生き物のように強敵となって現れていた。
「けれどあの男は、俺が見てきた中で一番現実と差異のない夢を見ていた。柱の癖に、随分と気弱な人間だ」
「…なんでそれが、弱いと思うの?」
「だってそうでしょう? 死んだ母親も、生気を失った父親も、刀さえ握れない弟も、願望一つで明るいものに変えられるというのに。取り返しのつかない現状を甘んじて受け入れているなんて。変化が怖いだけの、弱い人間だよ」
「……」
「手を伸ばせばすぐそこにあるというのに。なんで掴もうとしないのかな」
それが欲に打ち勝つ強さだと言うのなら、とんだ笑い草だと吐き捨てるつもりだ。
人間というのは欲の塊である。
だから過ちも犯すが、だから進化もしてきた。
立ち止まってしまったあの男は、変化を認めないただの弱い生き物でしかない。
「俺にはよくわからないなぁ」
鋭い牙をほんの少し覗かせた魘夢が、笑みを深める。
自分を納得させるだけの答えなど最初から求めていない。
ただ目の前の異色な鬼が、顔を歪ませる姿が見たかった。
炭治郎のように感情を露わにして、怒り、怒鳴ればいい。
その隙をついて術を再発動すれば、また深い眠りの中だ。
今度は術で破られる前に、蛍の中にも誰かを送り込んで精神の核を破壊させる。
そうすれば鬼であっても、人間と等しく心を壊すことができるだろう。
(特にこの人間臭い鬼なら、簡単に核も見つかりそうだ)
だから早く。
好物である、あの歪んだ顔を見せておくれ。