第33章 うつつ夢列車
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「あれぇ、起きたの。おはよう」
蛍が屋根を駆け出した同時刻。
炭治郎は一足先に、列車の先頭へと辿り着いていた。
屋根にはぽつんと一つの人影がある。
その影こそ捜していた人物だと悟る前に、人影は振り返りひらりと炭治郎に手を振った。
どんな容姿であろうと、性別であろうと、年齢であろうと関係ない。
炭治郎の気を張らせたのは、その両目に刻まれた文字にあった。
【下弦】【一】と、それぞれの眼球にははっきり文字が刻まれていたのだ。
「まだ寝ててよかったのに」
この男こそが捜していた渦中の鬼。
ぴりぴりと気配を立たせる炭治郎に対し、魘夢は焦ることもなく優しく微笑み続けた。
「なんでかなぁ。折角良い夢を見せてやっていたでしょう。お前の家族皆、惨殺する夢を見せることもできたんだよ? そっちの方が良かったかなぁ? 嫌でしょう。辛いもんね」
声色は優しくとも、選ぶ言葉には遠慮がない。
ねとりと纏わり付くような魘夢の言葉に、炭治郎の眉間に皺が刻まれる。
「じゃあ今度は、父親が生き返った夢を見せてやろうか」
ふふ、と堪らず笑いが零れ落ちるように告げる。魘夢のその姿に、びきりと炭治郎の額に青筋が浮かんだ。
亡くなった者達を軽視するような言動。
命は尊いものだと痛みを持って知っている炭治郎だからこそ、魘夢の態度には吐き気がした。
(──本当は、幸せな夢を見せた後で悪夢を見せてやるのが好きなんだ)
貼り付けた微笑みはそのままに、魘夢の心は歪んだ癖を見せていた。
(人間の歪んだ顔が大好物だよ。堪らないよね。不幸に打ちひしがれて苦しんでもがいてる奴を眺めていると楽しいでしょう)
今目の前にある炭治郎の憎々しく歪んだ顔もまた、別の意味ではそそるもの。
口元に掌を当てた下で、ねとりと唇を舌で舐め上げる。
(それでも俺は油断しないから。回りくどくても確実に殺すよ。鬼狩りはね)
だからこその切符を使った血鬼術の発動。
例え鬼の作り出したものでも、扱う者が一般市民ならば怪しまれる可能性も低くなる。
色んな方法を試し、例え面倒でもこれが一番術であると気付かれ難いと魘夢は結論付けた。