第33章 うつつ夢列車
宙を泳ぐように舞う朔ノ夜は、仔犬程の大きさをしていた。
禰豆子を怖がらせまいとするかのように、頭を下げつつゆっくりと身を寄せる。
こてん、と禰豆子が頸を傾げれば、習うように同じに朔ノ夜も頭を傾ける
右へ。左へ。
前へ。後ろへ。
大きな尾鰭がふわりと禰豆子の頬撫でれば、くすぐったそうに柔らかな頬がふくふくと笑った。
「ムフー!」
「あ。気に入ってくれた?」
笑顔を見せて頷く禰豆子に、蛍もつられてほっと安堵の笑みが浮かぶ。
そんな蛍の顔色を見上げた後、ちらりと禰豆子の視線は後ろへと向いた。
蛍と杏寿郎。
鼻の良い炭治郎は、二人の匂いから特別な仲だと見破っていた。
禰豆子に兄のような鋭い嗅覚はないが、杏寿郎と呼び語る蛍の表情(かお)は今まで見なかったものだ。
「……」
「禰豆子?」
再びじっと蛍を見上げる。
その表情は、心配で堪らないと告げた通りの不安なものだけではなかった。
不安だからこそ、心配だからこそ、最善の道を選び守り抜こうとしている。
確かな意志の強さが瞳の奥にはある。
鬼を退治しに向かった兄と同じように。
「…ム」
「え?」
こくんと頷く。
蛍を見て、それから背後の車両内を見て。大きく頷く禰豆子の眉は、しっかりと上がっていた。
「守ってくれるの? 杏寿郎達を」
「ムゥ!」
「! ありがとう禰豆子」
任せろと言うかのように、小さな拳でとんと己の胸を叩く。
愛らしくも頼もしい同胞である鬼の少女に、蛍もようやく溢れるばかりの笑顔を向けた。
「じゃあ炭治郎が気絶させた人達は、朔の力で拘束しておくから。禰豆子は善逸達だけを…」
告げる蛍の視界に、車両の中で唯一意識のある結核の青年が映る。
ぽつんと一人立っている彼は、おどおどとこちらを見ていた。
様子からして会話は聞こえていたようだ。
「ぁ…僕、は…その…」
蛍と視線がかち合うと、更に静かにたじろぐ。
その様子から、敵対する意識がないことは十分に伝わってきた。