第33章 うつつ夢列車
ドッ!
「ッ!?」
「ぅッ!」
おさげ少女が炭治郎に気絶させられた。
その一瞬の怯みをついて、炭治郎の手刀は傍に立っていた青年と少女の胸元も突いていた。
倒れる彼らの体を支えて、ゆっくりと床に寝かせる。
「幸せな夢の中にいたいよね…わかるよ」
その目は誰に対しても哀しみに満ちている。
同情とは違う。
彼らの姿勢を汲むからこその思いに、蛍も炭治郎の心中が理解できた。
炭治郎も気付いたのだ。
彼らが、幸せな夢を見せてもらいたいが為に命を張っていたことを。
「俺も夢の中にいたかった」
炭治郎自身が簡単には抜け出せない、"幸福"という名の檻に閉じ込められていたからわかるのだ。
「ムゥ…」
「大丈夫だよ。禰豆子。大丈夫」
哀しみに満ちる炭治郎の声に、禰豆子が反応を見せる。
あやすようにその背を優しく撫でて、蛍は一人そっと炭治郎とは別の人物を見つめた。
炭治郎が唯一手を出さなかった、結核の青年だ。
敵対する態度を取らなかったからこそ、炭治郎の優しさがその手を止めた結果だった。
炭治郎のその選択は正しかったと言える。
結核の青年には、おさげ少女のような敵意する感情はなかったからだ。
以前は不治の苦しみから逃れる為ならば、人を傷付けてさえ良いと思っていた。
咳。発熱。呼吸困難。
時には血の混じった痰を吐くこともあった。
眠りに落ちる際、次に目覚めることはできるのか。
このまま命は削り落ちてしまうのではないかという恐怖。
生きながら、心は死んでいくような感覚。
その呪いのような呪縛から逃れられる為ならば。
どうせ不治の病。治りはしないからと、一時の幸せを望んで他人を蹴落とすことを選んだ。
その為に潜り込んだ炭治郎の夢の中で、魘夢に命じられるままに探し出した無意識領域。
其処は何処まで延々と広がる、青空と波紋一つない鏡のような水面が存在する世界。
気候は暖かく、空気は澄み切っていて、見慣れない光る小さな小人達がいた。
小人達は侵入者である青年を追い出すことはなく、迎え入れ、精神の核を探していることを察すると優しく手を引き導いてくれさえした。
顔のない妖精のような光る小人達は、炭治郎の優しさの化身である。