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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第33章 うつつ夢列車



 ざっと辺りを見渡す。
 縄で繋がれていた人間は起きてきたというのに、杏寿郎達は未だ眠りについたままだ。


(杏寿郎達だけが血鬼術にかかってる状態? ならやっぱり…この人達は…)

「何してんのよ! あんたも起きたなら加勢しなさいよ!」


 誰よりも癇癪を持つおさげ少女が、一点を見て声を荒げる。
 目で追えば、炭治郎が座っていた座席の後ろだった。
 呼ばれるように、青年がすっと一人立ち上がる。


「結核だかなんだか知らないけど! ちゃんと働かないならッあの人に言って夢を見せてもらえないようにするからね!」


 色白と言うよりも血の気が退いたような肌だった。
 服に着られているようなひょろりと細い体に、生気の薄い瞳。
 頬を伝うは、音もなく零れ落ちる涙だ。

 少女に叱咤されて涙したのではない。
 声を上げることもなく静かに涙を流す青年は、己の胸に片手を当ててじっと床を見つめていた。


「ちょっと! 聞いてるの!?」

「……」


 おさげ少女や、錐を構える他の二人とも違う。
 一人だけ異質な空気を纏った少年を、蛍は禰豆子を抱いたままじっと観察した。


(結核って。働く? 夢を見せてもらうって言うのは、恐らく彼女達にとって仕事の"報酬"なんだ。幻覚のような夢は、鬼の術。それに縋るなんて…病気にも理由が?)


 今まで悪鬼には幾度も出会ってきたが、そこに加担する人間は見たことがなかった。
 ただ、似たような境遇の人間を蛍は知っている。


(報酬は私や炭治郎が見たような、きっと自身の願望を描いた夢だ。それに縋る人の心を利用してる)


 京都での初任務。
 亡き妻を想い続け、何度も夜の伏見稲荷大社を彷徨っていた男がいた。
 最期には、悪鬼が見せた幻影に惑わされ、鬼に縋り愛を語ったのだ。
 その命を吸い取られる直前まで、自分が危機的状況であることに気付いていなかった。

 そうした人の心を利用して、京都をねぐらにしていた華響は嘲笑っていた。
 今この場にいない夢を操る悪鬼の嘲笑う様も見て取れるようで、ざわりと蛍の肌が粟立つ。

 悪鬼は悪鬼。
 どこまでも同じなのか。

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