第33章 うつつ夢列車
「──ッ!」
目の前を白い気泡が吹雪のようにごぼごぼと吹き上がる。
視界を遮断されると同時に、影の海が急激な渦を巻いた。
朔ノ夜が抜け道を見つけたのか。
蛍の意思に関係なく、体が強い水圧に押し流される。
どうにか握りしめていた姉の袖は、一瞬のうちに離れてしまった。
藻掻いても辿り着けない。
それでも藻掻き、空(くう)を掻く。
(姉さん…ッ!)
その先で見えたのは──気泡の隙間から覗く、優しい笑みを浮かべた唇だった。
それが最後。
「──っは…!」
一気に視界が開けた。
跳ね上げるように起きた体は、冷や汗を全身に掻いていた。
まるで水に浸かっていたかのように、じとりと肌を覆う。
しかしそこは水中ではない。
(此処、は)
見覚えのある狭い車両。
はたと顔を上げた蛍の視界の隅で、動く影があった。
「蛍…?」
其処にいたのは、唖然とこちらを見ている炭治郎だった。
腕には幼い禰豆子を抱きしめて、目を丸くしている。
「蛍…っ!」
それも束の間。ぱっと顔を明るくすると、助かったとばかりに蛍に駆け寄った。
「よかった、蛍も気が付いたんだな…!」
「…え…?」
炭治郎の言葉の意味は、その背後に広がる光景ですぐに理解できた。
ガタタン、ゴトトンと揺れる車両。
日輪刀を帯刀して眠り込んでいるのは杏寿郎。
そして途中合流した善逸と伊之助だ。
「ぁ…此処は…無限、列車」
急激に記憶が蘇る。
確かに、現実で杏寿郎と共に無限列車に乗車した。
そこで炭治郎達と出会い、言葉を交わした。
蛍の隣には見慣れた禰豆子の木箱。
扉が開いているところを見ると、つい先程禰豆子も目を覚ましたのか。
「私、寝て…?」
それよりも驚いたのは自身の状況だ。
柱である杏寿郎でさえも眠っている姿を見ると、無限列車の中で睡魔に襲われていたのか。
(本当に?)
あんなにも鮮やか過ぎる程の光景を前にして。