第33章 うつつ夢列車
わかっている。
わかっているのだ。
姉が残した最期の言葉は一欠片も忘れてはいない。
全て取り零さず、この耳で、この目で、憶えている。
最初、姉の言葉を素直には信じられなかった。
「生きていればいつか笑える日はくる」
そう告げた姉の惨い死に様を目の当たりにした為だ。
世界を信じていた姉自身が、最期は生き苦しいと死を願うことしかできなかった。
そんな世界を呪い、憎んだ。
それでもゆっくりと時間をかけて、最期の日に見た姉の心を受け入れることができた。
都合の良い解釈だとしても、自分を想い告げてくれた心だと。
嬉しかった。
哀しかった。
愛おしかった。
忘れることなど一生ないだろう。
「私が…っ姉さんの居場所になる! だから──ッ」
どぶん、と。衰えを知らない滝の波は、とうとう二人の顔まで飲み込んだ。
口からごぽりと気泡が舞う。
言葉にならない思いを吐く蛍に対し、姉は変わらず静かにその場に佇んでいた。
苦しくはない。
あんなに真っ黒だった波も、水中のようなそこでは不思議とクリアに見えた。
必死に呼びかける蛍の姿が見える。
その先の言葉は聞かずとも理解できた。
優しい、優しい妹だから。
本物かどうかもわからない姉の姿まで、拾い、抱えようとしているのだろう。
(蛍ちゃん)
ゆっくりと唇を開く。
こぽりと小さな気泡を浮かべて、蛍の目に読み取れるように言葉を紡いだ。
(信じて)
掻き乱すようにして蛍が手を伸ばす。
鋭い爪を持つ鬼の指が、水中で揺れる姉の袖に触れる。
簡単に皮膚を引き裂くはずのそれは、縋るように柔く布を握った。
その指に静かに己の手を重ねて、また一つ。
こぽりと気泡を浮かせ、笑った。
(いってらっしゃい)