第33章 うつつ夢列車
ドドドドと白い飛沫を上げる程に、滝の如く流れ落ちる影の波。
それでも不思議と姉のか細い声は耳に届いた。
「…ごめンなさい。蛍ちゃんを責めるよウなことを言って」
「そんな、こと」
「でも大丈夫。これ以上、貴女の心にしがみ付いタりなんてしなイから」
「っそんなこと…ッ」
胸元まで上がる黒い水面に手を浸し、姉は何かを抱くように己の胸の前で両手を握りしめた。
「生ける私も、死した私も、どちらトもいけなイ今の私も。貴女は受け入れてくレた。愛しテくれた」
「っそんなの…当たり前、でしょ…姉さんは、姉さんなんだから…」
「…そウよね」
だから、と言う訳ではない。
ただ眩しい程に目を細めて見つめていたくなる妹が、心から好いた姉でありたいと思った。
「私も。どンな蛍ちゃんも、受け入れルわ。蛍ちゃンが歩み続けるナら、その道が温かい陽で溢れてイることを願う」
「…姉さん…」
「だカら貴女は自分の心を信じナさい」
瞬く間に増えていく水量は、もう目前にある。
暗い水面に映る顔はよく見えた。
片目を失い、顎を腐らせ、頬骨を晒した醜い姿。
そう、と視線を上げれば、眉をきつく寄せてこちらを見る蛍が見えた。
その目は目の前の醜い姿など露程にも気にかけてはいない。
ただただ向けられる言葉に、思いに、感情を揺らしてくれている。
「蛍ちゃン。私の可愛い、優シい子」
声は隙間風を開けたような、不協和音を備えたものだ。
それでも蛍は愛情に満ち満ちたその声に、更にきつく眉を寄せた。
「姉さん…っ」
まるで別れの言葉のように聞こえた。
「貴女は貴女のマまでいて。いつか必ず、笑えル日がくるから」
「…知ってるよ。前にもそう言ってくれた」
「貴女の居場所は、必ず見つカるから」
「っわかってる。だから私は…っ」
ざぶりを波を立てて蛍が踏み出す。