第33章 うつつ夢列車
「大丈夫。姉さんは私に掴まっていればいいから。後のことは全部任せて」
腕の中の存在を、優しくも強く抱きしめる。
その抱擁に一瞬驚いた表情を浮かべた姉は動揺した。
「私を、連れテ行くの?」
「何言ってるの。さっき言ったでしょ。姉さんの心も一緒に持っていくって。姉さんが私に命の欠片をくれた時点で、一蓮托生なんだから」
「……」
「今更後悔しても遅いからね」
離さないとばかりに告げる声は、甘い束縛を持つ。
柔く優しいその抱擁は温かく、いつまでも身を預けてしまいたくなるものだ。
だからこそ。
そっと蛍の胸に掌を当てると、姉はぐっとその手で押し返した。
「…姉さん?」
抗わない蛍の腕が緩み、姉の顔を視界に映し出す。
抱擁から逃れるように距離を取った姉は未だ、血肉を見せた姿のままだ。
「本当に…強ク、なったのね。蛍ちゃン」
溢れることを止めない影の波は、既に二人の膝まで浸かっている。
煉獄家の屋敷も、外にある道も、近くの雑木林も、全てを飲み込み黒く染めていく。
「大きク、なったのね」
滝のように溢れ出す波は、じわじわと水量を上げてすぐに腰まで手を伸ばそうとしていた。
見た目は真っ黒な波だというのに、不思議と怖さは感じなかった。
冷たいとも熱いとも感じない。
五感全てで受け止める術こそが、蛍の本質を伝えてくる。
「守らレるだけじゃナくて。守りタいものが、デきたのね」
其処には、姉を世界の全てだと思ってやまない、弱く幼い妹の姿はなかった。