第33章 うつつ夢列車
だらりと下がったままの骨が剥き出した手が、ぴくりと反応を示す。
力なく、縋るように。蛍の裾を握りしめて、同じ高さにある肩に血の付いた歯を押し付ける。
「そウ」
肯定でも否定でもない。
ただあるがままの蛍を受け入れるように、姉は静かに千切れた唇を結んだ。
それ以上は何を言っても蛍の意志が揺るがないことを知っているかのように。
「……」
蛍もまた無言で血に塗れた背を抱き続けた。
答えなど誰も知らないのだ。
知っているのは、もうこの世にはいない生前の姉ただ一人。
だからこそ正解のない目の前の姉のことを責めるつもりはなかった。
許せなかったのは、自分自身だけだと。
──こぽん
ふと蛍の視界に影がかかる。
視線だけ空へと上げれば、輪を描くように舞い降りてくる朔ノ夜が見えた。
言葉は交わさずとも、蛍の一部である朔ノ夜の思考は読み取れる。
此処に出口はない。
魘夢の作り出した夢の世界は、抜け道など存在しない空間だった。
(…そう。わかった)
朔ノ夜から、真っ青な晴天へと視線を移す。
出口のない密閉空間。
そこに一つの答えを導いたのは、蛍が出会った二人の鬼だ。
(これはテンジの異空間と、きっと同じようなものだ。それなら抗う方法はある)
現実世界を反転させたかのような世界を作る鬼、テンジ。
そしてその世界を赤子の手を捻るように手玉に取っていたのは──上弦の鬼、童磨。
「朔」
蛍の声に呼応するかのように、見る間に朔ノ夜の体が巨大に膨らんでいく。
大型犬程だった大きさから、牛を超え、むくむくと止まらない体はやがて一軒家程にまで膨れ上がった。
ゆったりと宙を泳ぐ巨大な土佐錦魚は、太陽光を遮り蛍と姉の二人をすっぽりと影の中に覆う。