第33章 うつつ夢列車
「…ごめんね、姉さん」
「謝っタって何かが変ワる訳じゃ」
「ごめんなさい」
ざぶりと血の海を進む。
目には見えない彼の声が、言葉が、背を押してくれた。
「そんなにさせてまで。そんなことを言わせてまで。ごめんなさい」
人成らざる姿で恨みつらみを吐く姉の姿から、蛍は目を逸らさなかった。
両手を伸ばす。
剥き出しの血肉にも躊躇せず、二人の間に残されていた距離を埋める。
「ごめん。姉さん」
優しく抱きしめた体は、自分とほぼ変わらない背丈をしていた。
あんなにも大きく、世界の全てだと思っていた姉の背丈は、いつの間にか追いついていたらしい。
「それでも私は行くよ」
寝たきりだった姉とばかり向き合っていたから気付かなかった。
顔のすぐ傍にある温もりに身を寄せて、蛍は静かに血の海を見つめた。
「…私、を…置イて、行くの…?」
「ううん、違うよ。姉さんの心も一緒に持っていく。だって姉さんは、鬼の私に命の欠片を与えてくれたから」
「……」
「私のなかに、姉さんは在る。私が人で居続ける限り、姉さんの心はここに在る」
「そんナの、都合の良い幻想ダわ」
「うん。私の都合の良い思考だよ」
吐き捨てるように告げていた姉の声が萎んでいく。
雨音のような、ぽつぽつと泣くようなか細い声に、蛍も一人眉尻を下げて顔を俯かせた。
「全ては私の都合の良い生き方なの。姉さんは私の幸せを最期に思ってくれた。その為に命を捧げてくれた。そう感じながら生きていってもいいって…そう、杏寿郎は言ってくれたから」
「…本当に、蛍ちゃンにとっテ大きなひとナのね…彼は」
「うん。杏寿郎がいてくれたから、姉さんの命を抱えて前を向くことができた」
優しい声だった。
諭すような強さも、跳ね返すような荒さもない。
真っ赤な血の世界とは真逆の、温かさを含んだ優しい声だ。
「だから私は、歩く」