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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第33章 うつつ夢列車



 顔の肉を削ぎ落したかのように、赤い血肉を見せる。
 剥き出しの歯。眼球。頬骨。
 その悍(おぞ)ましい程の姿には見覚えがあった。

 宇髄天元との実践稽古の末に、爆薬で体を吹き飛ばされた時のことだ。
 意識を遠く飛ばした中で、蛍が見た景色もまた赤い世界だった。

 果たしてそれは夢だったのか。
 一度命の灯火を消えかけさせた蛍の前に現れた亡霊だったのか。


「ねエ、蛍チゃん」


 わからない。
 それでも息を呑み言葉を失い、蛍は動けなかった。

 ぼたぼたと姉の顔から、体から、流れ落ちる大量の血が波を作る。
 足場を攫い、押し流そうとする。

 この世界はお前の所為なのだと。
 恨みつらみを吐くかのように。


「死んダ人間の思いナんて誰にもわかラないでしょう。蛍ちゃんが私を大好きでイてくれテも、私の心の奥底までワかるはズはない」

「……」

「許してなイわ、蛍ちゃン。貴女が私ヲ喰らっタこと。あんナ死に方しカできなかっタこと。世界の全てヲ呪いたカった。恨みタかった。だかラ私は此処二いる」

「…っ」

「世界を許せズにいルから、こコにとドまっていルの」


 澱み落ちる声が淡々と否定を吐き捨てる。
 あの時のように。

 何も返せなかった。
 認めることも、否定することも。謝罪することも、縋ることも。何も。
 ただただ姉の死の姿に心を引き裂かれ、己を責め呪うことしかできなかった。





『残されゆく者にとっては、どれであっても身勝手な言葉かもしれない。逝く者の想いは逝く者の、残される者の心は残される者にしかわからない』





(──…ぁ)


 死んだ者の思いは、その者にしかわからない。

 同じことを告げてくれた声があった。
 寄り添い、支えてくれた温もりがあった。

 強烈な姉の姿を前にして思い出す。





『だが、託したい何かがあったはずだ。母上にも、姉君にも。でなければ死の間際に己より他者を思うことができようか』





 自ら血肉を捧げた姉のことを、肯定も否定もせずに愛してくれた。
 彼の──杏寿郎の姿が、垣間見える。

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