第33章 うつつ夢列車
「私には真似できない凄い人なの。同じにはなれないけれど、焦がれて止まない人なの」
故に、人の醜い欲に食いものにされ命を散らせた。
それでも最後は、己の意志で進む道を決めた人だ。
「そんな生き様を見せてくれた姉さんを…私の欲で、汚さないで」
優しく包み込む姉の掌の中で、殊更強く拳を握る。
温もりを、優しさを、感じれば感じる程に、きつく力が入った。
「あの時ああだったならって、こうしていたらって、何度だって懇願したよ。どうしてって、なんでって、何度も何度も後悔した。今目の前にいる姉さんも、私がかつて望んだ未来の一つの姿をしてる。それは姉さんが言った通りの、人の欲そのものだと思う」
鋭い爪は拳の中で皮膚に食い込み、血を滲ませる。
「それだけ私の記憶に焼き付いている。忘れたりなんてしない。あの日、あの時、姉さんが貫いた生き方も。その先で選び取った……っ死に方、も」
それを口にするのは身を裂くような思いだった。
顔を歪ませ、語尾を震わせ、それでも蛍は在りし日の事実を吐き出した。
「あの日、それを選んだのは姉さん自身だ。私は死なないでって縋った。嫌だって訴えた。それでも姉さんは選び取った。私に命の欠片を与えることを望んで、最期まで私の幸せを願ってくれた」
あの惨劇を、真っ赤な血で塗り潰されたような世界でしかなかった記憶を、鮮明に思い起こさせてくれたのは杏寿郎だった。
彼に導かれた先で、塗り潰した世界の中で見るべきものを見つけられた。
血に塗れながらも、変わらない笑顔を向けてくれた姉のことを。
「目の前のこの都合の良い世界を受け入れることは、あの日の出来事を否定することだ」
強く握る拳の先に、赤い雫が伝う。
重力に従う一滴の雫は、蛍の佇む足場へと音もなくぽとりと落ちた。
──ザアッ
血に触れた影が、途端に黒い波を湧き起こす。
「姉さん自身が貫いた人生を、私の欲が都合よく否定しないで…!」
蛍を中心に、その感情に呼応するように円形状に飛沫を上げた。