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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第33章 うつつ夢列車



「…大丈夫よ。蛍ちゃん。もう痛いことも苦しいこともない。この先の蛍ちゃんの未来は私が守ってあげる。だからまた、二人で生きていきましょう」


 幼い妹をあやすように、姉の体が包み込む。
 もう怖いものは何もないからと、守るように。


「昔みたいに」

「…っ」


 背中に縋る蛍の掌が、ぎゅっと拳を握った。
 震える唇を噛み締めて、強く目を瞑る。

 あたたかい。
 やわらかい。
 ここちよい。

 真綿のように優しく包み込んでくれるそれを、愛と呼ばずになんと呼ぼう。


「…姉さん」

「なぁに?」

「私、ね」

「うん」

「姉さんの傍にいると、泣きたくなるくらいに、嬉しくなるの」

「そう。私もよ、蛍ちゃん」

「この腕の中にいるだけで、しあわせだって思える」

「ふふ。私もよ」

「嬉しくて、泣きたくて、幸せで。でも、ね」

「うん?」

「それは、」


 握った拳を己の腕の中で抱いて、震えるままに突き出した。


「辛いことも、苦しいことも、痛いことも、知っているから」


 突き放すには弱い力で。それでも姉の腕の中から抜け出すように、蛍はゆっくりと目の前の体を押し返した。


「死にたくなる程の後悔も、他人を殺したくなるくらいの憎しみも、知っているから。だから今ここで姉さんに触れられるだけで、泣きたくなるくらいに、しあわせ、なの」


 血が滲む程に唇を噛み締めて、顔を上げる。
 直視できなかった姉の姿を映したその目は、紅い瞳を揺らしていた。


「あたたかいだけの優しい世界なら、私はこんな気持ち、知らなかった」


 きりきりと縦に割れた瞳が、感情のさざ波を立てるように震える。


「失ってしまったから、拾えた心なんだよ」

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