第33章 うつつ夢列車
(…姉さん)
聞きたくないはずはない。
世界の片隅でたった二人で生きてきた。
姉であり、親でもあり、世界の全てだった姉だ。
いつも辛いことや苦しいことから守ってくれた家族だ。
その姉の我儘など、我儘にもなり得ない。
蛍にとっては優しい甘えでしかなかった。
「蛍ちゃん、月房屋でずっと頑張って働いてくれたでしょう。病気で何もできなかった私を守ってくれたでしょう」
胸に埋まる蛍の頭を、細い指が優しく撫でる。
「今度は私が貴女を守るから。たくさん、たくさん頑張ってきた蛍ちゃんだから。もう無理しなくていいの」
髪を梳いて、背を撫でて、あやすように優しい言葉を紡いでいく。
「頑張った人は頑張った分だけ、お返しがあるはずなのよ。だから蛍ちゃんは、もう大丈夫」
「…大丈、夫?」
「これ以上悪くなることはないってこと。柚霧ちゃんとして働いて、鬼になって人々を救って、懸命に生きてきた蛍ちゃんだから。認められるべき人だから、今私とここにいるの」
「……」
「だから安心して。私が傍にいる」
子守歌のように優しく甘い声。
いつもその歌声に安堵し、眠りについていた。
時には励まされ、心の支えになっていた。
今は形にはない歌声だけではない。
手を伸ばせば触れるところにいる。
体温を感じることができる。
「ずっと蛍ちゃんの傍に」
顔を埋めていただけの蛍の手が、恐る恐ると姉の背に伸びる。
ぎこちなくも抱きしめるその手の感触に、姉の顔にも笑みが零れた。
「──…そんな世界だったら、いいのに」
埋まる胸から、ぽつりと落ちる。
「そんな世界だったら、私も…姉さんも、」
か細く、縋るような声。
「あんなことにはならなかったのに」