第8章 むすんで ひらいて✔
恐らく桜餅は単なるきっかけであっただけだ。
ここまで彩千代の体を悪化させたのは、その落ちた再生能力も原因の一つだろう。
…人で言う免疫力のようなものだな。
柱達の稽古で痛め付けていた身体は、異物を追い出す程の力は残っていなかったということか。
「義勇さん…重く、ない…?」
「別に。重くも軽くもない」
「えっ」
月明かりの中を歩み進む。
歩くのに支障はないし、だからと言って背に何も感じない訳じゃない。
そう正直に伝えれば、背中から動揺した気配を感じた。
顔だけ向ければ、焦るように視線を泳がせている彩千代の表情が間近に見える。
…変なことを言ったつもりはないが。
「どんな感じだった」
「え?」
その空気を変える意味でも、話題を変える。
再び顔を前に向けて足を進めながら、さっきの出来事を問い掛けた。
「桜餅を腹に入れた感覚だ。鬼の胃袋は人とどう違う」
「…最初は、桜餅の…餡子とお餅の味がしたんだけど、飲み込んだら、急に…こう、咽返るような吐き気がきて…」
ぎこちなくも思い出すように説明をしてくる。
それは潜在意識のようなものか。
直感的に拒否しているのなら嘔吐しても可笑しくない。
「血の匂いは…平気なのに…」
暗く細い声が耳に届く。
振り返らなくても、彩千代がどんな顔をしているのか想像できた。
俺の頸の前で緩く回された二つの腕。
細い女の腕は、とても不死川を押し退ける力を持っているようには見えない。
そしてその左腕には真新しい包帯が巻かれている。
「飢餓症状はどのくらいの頻度で起きてる」
「……三日に、一度は」
…以前より感覚が短くなっている。
その度に己の身体を喰らっているんだろう。
彩千代の飢餓症状は、日に日に強くなっているような気配がする。
人にとって、先程の桜餅も含めた食糧が体を動かす原動力となる。
それが彩千代にとって人間の血肉ならば…長いこと絶食状態でいるようなものだ。
その限界を己の体を喰らうことで防いでも、結局は自分で自分を傷付けているだけで、その場凌ぎでしかない。
それが彩千代の体の弱体化へと繋がっているのか?