第33章 うつつ夢列車
「っ姉さんは…」
だから言いたくても言い渡せない。
姉の命はもう現実には無いのだと。
その目を見て告げることがどうしてもできない。
「蛍ちゃん…もしかして、まだ鬼だった頃の記憶が戻ってきてるの…? 沢山辛い思いをしたから、簡単に抜けるはずはないよね」
「…違…」
「うん。私の言ってることは違うかもしれないけれど。蛍ちゃんが此処にいることは確かだから。お天道様の下で、こうして生きていることは」
「…姉、さん…」
「姉さんがちゃんと憶えてる。蛍ちゃんのことを見失わずにいる。だから大丈夫よ」
両手で手を握り、優しい声で懸命に励ましてくる。
太陽のような姉のあたたかさが、じんわりと掌を伝い心に浸み込んでくるようだ。
(駄目、だ…可笑しい。これは私の知っている世界じゃ、ない)
人間に戻った経緯も、無限列車から煉獄家に向かった経緯も、何も記憶していない。
これが幻だと錯覚する前は疑問にも思わなかったのに、現実を見つけると綻びは幾つも出てくる。
ぽっかりと経緯の記憶を失くしたまま此処に辿り着くはずはないのだ。
「じゃあ…杏寿郎、は?」
「え?」
「杏寿郎や千くん達と、姉さんがいつも一緒にいなかったのは、なんで?」
何よりも大きな綻びは、そこにある。
愛情に満ちた姉の目は見られなかった。
俯いたまま、握られた手をそのままに蛍は吐き出すように告げる。
「今ここにある世界が、何でできているかは知らない。ただ私の記憶が媒体なら…単に都合が悪かったから、姉さん達は一緒にいられなかったんじゃない。それは実現しないものだって、私がわかってから。だから一緒にいられなかったんだ」
姉と煉獄家の人々。
個々としては鮮明に現れても、同じ空間を共有することはなかった。
それは蛍の記憶の奥底が理解していたからではないのか。
それぞれの世界が交じり合うものではないということを。