第33章 うつつ夢列車
「…蛍ちゃん?」
続いたのは疑問符。
笑顔を向けていた緩い瞳が、ぱちりと瞬く。
目を向けたすぐ先に妹はいた。
大きな腹を片手で支えて、佇む様は見慣れた蛍だ。
「…っ」
ただ一つ違うのは、その頬を伝う透明な雫。
一つ、二つとぽたぽたと垂れているのは、見開いた両目からだった。
「どうしたの…?」
唖然とたように立ち竦む蛍は、声もなく泣いていた。
喉を詰まらせ、何かを噛み締めるように。
その目は姉を凝視したまま。
もしやからかい過ぎたかと一瞬不安が過ったが、よく知る妹のことだからこそそんなことはないと心が否定する。
杏寿郎のお陰で、随分と蛍の精神も安定するようになった。
出産への不安が急にここで吹き出したとも思えない。
「蛍ちゃん」
「…ぁ…」
呼べば、はたと我に返ったように蛍の口から微かな音が零れ落ちる。
音につられるように、ぽろりと感情の雫がまた一つ。
「ごめんなさいっもしかして具合悪くなった? 休まなきゃ…ッ」
「ぇ…ぃゃ、」
慌てて駆け寄り手を握る。
姉の姿を目の前にして、涙を称えた瞳が更に瞬く。
はっと我に返った蛍は、ぎこちなく頸を横に振った。
「だ…だいじょう、ぶ」
「大丈夫じゃないでしょう」
「大丈夫、ほんとに」
姉には素直に我儘も甘えも見せていた蛍が、辿々しく頸を横に振る。
頬を伝う涙に指先で触れると、ようやくそれに気付いたようにぎこちなく拭い上げた。
「あれ…なんだか、勝手に出てきた、みたいで…」
拭っても、更に一つ、二つと落ちてくる。
無数の涙に、蛍は戸惑いを隠せないままに声を震わせた。
「なんで…」
何故こうも目頭が、胸の奥が、熱くなるのか。