第33章 うつつ夢列車
「ちゃんと聞いてる? 姉さん」
「聞いてる聞いてる。蛍ちゃんの声はとっても心地良いもの」
「絶対嘘だ」
「嘘じゃないわよ。子守唄みたいで、ずっと聞いていたくなるのよ」
「これの? どこが? 姉さん大丈夫?」
「まぁ。私はまともよ」
思わず本音を漏らせば、妹の顔が疑いの目でこちらを見ていた。
そんな不満顔さえも可愛いと思えてしまうのは、他でもない蛍だからこそだ。
「蛍ちゃんだって好きでしょう? 子守歌」
「? なんの話」
「昔はよく歌ってってせがんでくれたじゃない。かなりやの歌」
「それ、すごく前でしょ。私がまだ小さい頃で」
「あら~。私にとっては幾つになっても蛍ちゃんは蛍ちゃんよ。あのお歌じゃなきゃ嫌だって駄々だって捏ねてくれたのに」
「ぁ、あれは…」
「唄を忘れたーかなりやはー」
「姉さんってば…っ」
恥ずかしそうな、慌てたような。
愛おしい声が背後から飛んでくる。
思わず口元は緩み、何度も紡いできた歌詞を奏でる。
「象牙の船にー、銀の櫂」
幾つになっても可愛い妹は妹のまま。
姉さんの歌が大好きだと言ってくれたその思いも、変わらないままだ。
「姉さん…っ」
だって、ほら。
どんなに反発的になろうとも、決して歌うのを止めてとは言わない。
興味がないだとか、嫌いだとか。そんな言葉は必ず口にはしないのだ。
「月夜の海にー、浮かべればー」
「姉…っ」
追いかけてくる声はただ名を呼ぶばかり。
けなげなその声に頬を緩ませたまま、縁側まで小走りに駆けた。
柱に片手をついて、少しはしゃぎ過ぎたかと足を止める。
相手は妊婦だ。庭の手入れも手伝ってくれていたのに、これ以上無理をさせる訳にはいかない。
緩む表情はそのままに、はぁと息をついて振り返る。
きっと可愛い妹は、ほんのりと顔を赤くして不満をぷすぷすと漏らすのだろう。照れ隠しのように。
それが堪らなく可愛いのだ。
「ごめんね、蛍ちゃん。つい可愛くって──」
振り返り、眉尻を下げて謝罪を告げる。
その声は最後まで形にならずに萎んだ。