第33章 うつつ夢列車
「よしよし」
「…ほたる?」
「ん?」
「何故俺は頭を撫でられているんだ…?」
「可愛いなぁって」
片手で腹を支えて、背伸びできない腕を精一杯に伸ばして焔色の髪を撫でる。
疑問に思いながらも頭を下げて、支えるように両手を回してくる杏寿郎が愛おしい。
「可愛いと言われるようなことを言った覚えはないが…」
「そうだねぇ。私、杏寿郎の揚げた薄切りお芋も好きだよ。あのおやつも美味しい」
「う、うむ。それは嬉しいが…蛍」
「ん?」
「いつまで俺はこうしていれば…」
「こうされるの嫌?」
「ぃゃ…うむ…」
大人しく頸を傾けたまま、頷き兼ねる杏寿郎の顔がじんわりと赤らむ。
まるで思い切って午睡を誘った時のようだと蛍は頬を緩めた。
あの時もぎこちなく照れながら共に昼寝をしてくれた。
添い寝など赤子を身ごもる前からよく共にしていたはずだ。
今更どうしてと蛍が疑問を持てば、顔をそっぽに向けながら杏寿郎はじんわりと頬を赤らめたのだ。
『俺も男だぞ。知っているだろう』
多くは語らないその言葉だけで十分だった。
若く鍛え上げられた杏寿郎の肉体は、鬼殺隊としての能力は勿論、年頃の男性ならではの性欲も持ち合わせている。
鬼であった頃はその欲を余すことなく受けていたが、人間となれば杏寿郎も多少の気遣いを見せるようになった。
更には妊娠となれば、そう容易く手は出せない。
蛍を想えばこその忍耐だが、その長期の我慢はただの添い寝でさえ杏寿郎を刺激したようだ。
(あの時は、ちょっと恥ずかしかったなぁ)
体を重ねることへの羞恥は随分と減ったが、久方ぶりにそんな初心な感覚を思い出したようだった。
結局それでも蛍と過ごす時間を希望したのは杏寿郎自身で、優しく触れるその手は熱を持つことなく共に睡魔へと落ちていった。
「…あはは」
幾つか口付けを交わし、少しだけ杏寿郎自身の熱を蛍の手で解放したことを別にすれば。
思い出して、つられるように蛍の頬も熱くなる。
から笑いを漏らせば、ひょこりとタイミングよく廊下の角から小さな焔頭が姿を見せた。