第33章 うつつ夢列車
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「蛍」
「うん?」
「夕餉の準備ができた。食欲はありそうか?」
「うん、大丈夫。今日の晩御飯はなぁに?」
「鶏のみぞれ煮だ。前に食べた時、気に入っていただろう?」
「みぞれ煮! うん、あのさっぱりした甘辛タレが凄く美味しくって。杏寿郎が作ったの?」
「微弱ながら、千寿郎と姉君の助力をさせて貰った」
「ふふふ」
「? 何か可笑しなことを言ったか」
「ううん」
差し出された手に手を添えて、重い腹を支えながら腰を上げる。
自然と傍について腰を支えてくれる杏寿郎の肩に頭を寄せると、蛍は抑えきれない笑みをふくふくと零した。
最初はぎこちなく失敗続きだった家事も、胎児の宿る腹に触れる度に緊張していた手も、随分と成長したものだ。
「微弱じゃないよ。杏寿郎の作るご飯、凄く美味しくなったし。こうして傍にいてくれるだけで安心する」
成長したのは何も杏寿郎だけではない。
最初は少しずつ、思ったことを口にして伝えるようにした。
妊婦故の不安定に揺れてしまう本音も包み隠さず伝えていけば、元々粉骨砕身な性格であった杏寿郎のこと。嫌な顔一つせずに一つ一つ思いを拾い上げてくれた。
そうして日々を重ねていけば、自然と寄り添い立てるようになったのだ。
「本当か?」
「うん。杏寿郎が偶におやつに握ってくれるおにぎりとか。昔に食べた時より美味しく感じるの。なんだろうなぁ…ほっこりしてると言うか」
「握り飯か。あれは姉君に握り方を教わったんだ。以前は力をかけ過ぎていたからな」
「成程(道理でもち米みたいに潰れてた訳だ…)」
「他には何か美味いと思えたものはあったか? 俺でよければまた作ろう」
納得と頷いていれば、共に廊下を歩む杏寿郎がそわそわとこちらに期待した視線を向けてくる。
思わずじっと見上げて、蛍はこくりと再び頷いた。
「成程(確かに大きなわんちゃんかもしれない)」
答えを待つように大きく開く双眸も、期待を込めて僅かに上がる口角も。
まるで背後でぱたぱたと揺れる尾が見えるような姿だ。