第33章 うつつ夢列車
「杏寿郎は、鬼の私の方を長く知っているから。ここまで変わってまうと、なんだか申し訳ないと言うか」
「えいっ」
「痛っ」
いつの間にか顔は俯いていた。
故に姉の行動は見えずに、額を指で弾かれるまで気付かなかった。
額を押さえて顔を上げれば、深く息をつく姉が見える。
「もう。蛍ちゃんの方が杏寿郎くんと一緒にいた時期は長いでしょう?」
「それは…長い、けど…」
「なら私よりわかるはずよ。杏寿郎くんはそんなこと露にも気にしていないこと。それよりも蛍ちゃんの心が気になって、心配で仕方ないのよ」
「心?」
「体は変わって当然。だって蛍ちゃんは人間になったんだから。でもその心は? 鬼から人間に体が変わって、心も変わったの? もう前の蛍ちゃんはいないの」
「っそんなことないよ。私は私のまま何も変わってない」
「それなら杏寿郎くんにそう伝えてあげて」
「…杏寿郎に?」
「杏寿郎くんは人間なの。鬼の経験はないのよ。いくら長い年月を共に越えてきたとしても、他人の全てを理解するなんて、私にも蛍ちゃんにも、杏寿郎くんにもできないこと。今までだって、阿吽で何もかも乗り越えてきた訳じゃないでしょう?」
「……」
姉の言う通りだ。
以前は躓く度に言葉を交わして、想いを見せて、仲を深めてきた。
時には喧嘩をして、声を荒げてぶつかり合ったこともある。
その先で見つけた本音も、築けた絆もあったはずだ。
「杏寿郎くんも初めてお父さんになるの。二人で初めて迎えることなんだから、二人で支え合っていかないと。蛍ちゃんに甘えられるのは凄く嬉しいけど、私だけなんていけないわ。じゃないと時々…杏寿郎くんの羨ましそうな視線を受けちゃうもの」
「…何それ」
反省していたところ、予想外の言葉につい頭に浮かんだのは、偶に見る杏寿郎のしょぼんとした項垂れ姿。
思わずくすりと笑えば、姉の顔も悪戯っぽく綻んだ。
「あら、本当よ? 大きな背中をこう、丸くしてね。大きなわんちゃんが寂しそうにしているみたいに」
「うん。それなんとなくわかる」